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やっと、猛暑落ち着く  !

 梅雨明け後、厳しい猛暑が7月、そして8月になっても衰えず「災害に匹敵するほどの猛暑」「生命に危険を及ぼす猛暑」ともいわれてきた今年の夏の天気、台風13号が関東地方を超低速で進んでる影響もあって8日、大田市は30℃前後の気温に落ち着きました。猛暑連続日数が途切れた日になったかも・・・・。日差しは強かったものの、汗もびっしょりかかなく、さわやかな1日になりました。

 夏休みを利用して家族の来訪の多い石見銀山、8日は家族連れで混雑しました。ようやく猛暑も落ち着いたのでしょうか。間歩までの歩きに少し元気が出て来たような1日でした。  (S)

青空の石見銀山路 ベロタクシーの活躍

丁寧なガイドに・・・じっくり聞くお客様

| ガイドつれづれ日誌 | 01:17 | comments(0) | trackbacks(0) |
無料休憩所渡邊家住宅で一休みなさって下さい

 銀山公園をスタートして程なく、無料休憩所渡邊家住宅が見えてきます。約200年前に建てられた銀山方役人坂本家の屋敷で、武家らしいどっしりした構え、太い梁が組まれた台所や三和土(たたき)、障子を明け放つと一つながりの大空間になる畳敷きの和室、縁側からの眺め‥‥‥ 気持ちのいい落ち着く屋敷です。

 

 

 

 じりじり照らす陽射しの中を歩いてこられたお客様に少しでも涼しい中で一休みしていただこうと扇風機や冷風扇をフル回転させてお待ちしています。「あぁ涼しい。中はひんやりしますね。」「お武家さんじゃないけど田舎のおばあちゃんの家みたいでホッとします。」「広々していて気持ちがいいなぁ。」‥‥‥ 上がり框(あがりがまち)に腰掛けたり、上がって畳に横になったり、縁側から山吹城があった要害山を眺めたりと、ゆっくりしてもらっています。どうぞ遠慮なく入って休んでいって下さい。

 

 

 

  5日(日)に行われたガイドの会主催の健康ウォーク龍源寺間歩コースの一コマを紹介します。

  新切間歩公園の銀山川で手足の水冷浴をした後、ベンチに横になっての森林浴、小鳥の声を聴きながらしばしまどろみました。「最高に気持ちよかった!」ととても好評でした。鉱夫が間歩に入る時に履いた足半草鞋(あしなかわらじ)や膝に敷いた敷マツ(しきまつ)も体験しましたよ。

 

  リラクゼーション効果大  「ああ気持ちいい スッキリしたぁ」

 

 

 次回の健康ウォークは、9月16日(日) 沖泊コースです。いろいろと趣向を凝らしています。ぜひご参加下さい。

 

                (М)

| ガイドつれづれ日誌 | 00:02 | comments(0) | trackbacks(0) |
石見銀山の説明者

 石見銀山のことをもっと知りたい、もっと勉強をしたいと思っている方には、必携の図書「石見銀山学ことはじめseries1」が、大田市教育委員会から出版され、ひと月が過ぎました。(7月3日の当ブログで注文先など詳細をご紹介しています。)

「石見銀山学とは・・から始まって、石見銀山学の可能性・・」まで、市民向けの分かり易い内容で書かれています。「石見銀山ガイドの会」の会員からも多くの注文がありました。

 

 

 「石見銀山学ことはじめ」は、これからも7部構成のシリーズものとして順次執筆されるようです。

 

 これを機会に石見銀山学が市民に広まって、それぞれの市民の皆さまが説明者として、石見銀山に来られた全てのお客さまに、お伝えして行けるシステムができるといいなと思います。

 石見銀山は説明者がいないと分かりにくい世界遺産であることも事実です。市民が説明の受け皿になることは、石見銀山のガイドの在り方として、究極の理想の姿だと言えます。               文 責(T)

 

 

| ガイドつれづれ日誌 | 00:00 | comments(0) | trackbacks(0) |
短信

短信1

園児が20人になった大森さくら保育園では、増築工事が行われています。(写真左奥)

遊戯室や職員室などに使用されるということです。園児が増えても大丈夫ということです。

このままいけば、数年後には大森小学校の児童数は鳥井小学校の児童数を追い抜くのだそうです。

 

短信2

その大森さくら保育園の畑(石見銀山大森郵便局の前)でそばの花が咲き始めています。満開になるのが楽しみです。

 

短信3

人の顔のように見えますが、これは、大森小学校の農園でとれたスイカです。

まくわ瓜と思っていたのですが、切ってみるとスイカでした。

美味しいスイカでした。

大森小学校の農園でとれた野菜は、時々一袋百円で販売されています。

 

短信4

昨日(8月6日)、銀山川の龍源寺間歩と高橋家の間に、イノシシの子どもが横たわっているという連絡があり、市役所に連絡しました。早速現地に来ていただきましたが、その時は、イノシシ姿はありませんでした。素早く対応していただきありがとうございました。

 

短信おまけ

暑いので猫も道路に寝そべっているわけにはいかず、影を選んでいます。

暑さには負けないという強いまなざしがいいと思いました。(A)

| ガイドつれづれ日誌 | 06:33 | comments(0) | trackbacks(0) |
健康ウオーク「龍源寺間歩コース」 実施

  石見銀山 世界遺産登録10周年事業の一環で開催された健康ウオーク、今年度は継続事業として、当会主催事業として企画・募集してきました。4月に発生した地震の影響により計画された催行が中止になつていましたが、このほど夏開催の龍源寺間歩コースが実施されました。参加者数は4人と少なかったですが、二人の女性ガイドにより実施いたしました。連日の猛暑の中での開催でした。昨年は坑道内での「銀堀さんのノミとかなづち体験」などは実施せず、銀山川でのクナイプ療法、井戸水を使用した冷水体験などで皮膚温度の状況を確認しました。本来なら、遊歩道を利用してのコースですが一部区間で通行止めが続いているため使用できなく猛暑体験する結果となりました。今後街道コースも開催されますのでご参加いただきますようお待ちしています。(S)

健康ウオーク出発式の様子

| ガイドつれづれ日誌 | 12:38 | comments(0) | trackbacks(0) |
初代奉行・大久保長安

 慶長5年(1600)、天下分け目の「関ヶ原の戦」後、僅か10日後、勝者・徳川家康は石見銀山領に三か条の「禁制」(行ってはならない事)を発します。内容は、徒党を組んで乱暴してはならない・放火をしてはならない・田畑の作物を盗ってはならない。的なことです。これは、治安の安定をはかると同時に「この地は徳川の領地だよ」と宣言したことになります。その年の内に重臣「大久保長安」「彦坂元正」が派遣され毛利からの引き継ぎ、翌年には「大久保長安」が銀山支配を任されます。石見銀山を皮切りにその後全国の金銀山が直轄化され、米と並んで徳川幕府の財政を支えることになりました。

休み谷旧役所跡、(当時の役所跡)

 

 長安の銀山支配は、毛利時代とは大きく違います。毛利時代は、現地役人や有力者(銀山六人衆)を「運上請負人」とし彼らに「今年はいくら納めなさい」的な方法で、その代わりに銀山の採掘権を認めました。「運上請負人」は採掘権をもとに山師(鉱山経営者)の間歩(採掘坑道)の開発権を保護し代わりに間歩からの税金を徴収します。毛利自身は石見銀山の銀生産量を把握していない間接的な支配でした。一方「長安」は、それぞれの間歩の経営者を奉行所が直接支配したのです。また長安は人材登用にも長け毛利時代の現地役人(運上請負人)からも「吉岡隼人」「宗岡弥右衛門」を召し抱え、家康の発行する通行手形「伝馬朱印状」を与え、諸国の金銀山の見立て御用をさせています。

江戸期の銀山街道「やなしお街道」案内風景

 

 家康は貨幣の統一を図り全国の金銀山を押さえ流通のための街道の整備、貨幣の鋳造(金座、銀座)を行います。「大久保長安」はこれらの大事業を推し進める幕府創生期の中心的な存在で、その支配地は120万石とも云われます。幕府創生期の徳川の石高は二百数十万石で、その約半分は旗本に与えられていますので、直轄地のほぼ全数を任されていたのでしょうか。

37代菅谷代官が建てたと伝えられる大久保長安の顕彰碑(左)と大久保長安逆修墓(石見銀山・大安寺跡)

 

 家康の彼に対する信頼は絶大であったのでしょうね。しかし、病死後は彼の一族は粛清されました。その理由は色々云われますが、単的な理由ではなく複合的な理由であったと思われます。その一つに大久保家の権力を無くす事もあったのかもしれませんね。(銀)

一里塚(主要街道の目印)

| ガイドつれづれ日誌 | 00:05 | comments(0) | trackbacks(0) |
酷暑

朝から30度を超えていてもそれが普通に思える酷暑です。

龍源寺間歩の前の紅葉も「日焼け」しています。

 

 

先日のことです。

事務所の前の温度計が35度をさしていた午後、4歳くらいの女の子が顔を真っ赤にして龍源寺間歩から帰ってきました。

気になったのですぐに冷房のきいた事務所に入ってもらい、霧吹きで顔に水をかけたり、キュウリの浅漬けを食べてもらったりして、休んでもらいました。しばらくして顔色が元に戻り、元気に帰っていきました。

事務所前の道路の足元の温度をはかると50度でした。

女の子の顔の高さくらいの温度は44度でした。

 

暑さに負けず喫茶「山吹」の前のダリアがきれいに咲いています。

無料休憩所になっている渡辺家の前の道路には、ガイドの会の会員が打ち水をしています。

暑さで体調を崩されている方をお見かけすると、ガイドの会の会員は声をかけて、対応しています。

酷暑の中、来訪されたお客様に少しでもいい思い出を持って帰っていただきたいと思います。(A)

 

 

 

| ガイドつれづれ日誌 | 05:30 | comments(0) | trackbacks(0) |
7月のまとめ

8月に入っても猛暑は弱まる気配もありません。

引き続き、水分補給、塩分摂取など万全な熱中症対策を摂ってください。

 

さて、7月の初め中国地方を襲った記録的な大雨は各地に甚大な被害が発生いたしました。特に広島県地方、中でも安佐北区、東広島市、坂町、熊野町及び呉市などでの土石流災害、さらに岡山県倉敷市真備地区は川の決壊による大半が水に浸かるという災害が発生、被災された方々は復旧作業に厳しい猛暑の中、自衛隊、消防、警察関係者及びボランティアなどによる復興支援に頑張っておられる姿、頭の下がる思いです。改めて被災された皆様にはお見舞い申し上げます。

 7月9日の中国地方、梅雨明け後は「生命に危険を及ぼす」と呼ばれるほどの猛烈な猛暑が続きました。スーパーなどからはスポーツドリンクが消えるほどの品薄となっています。そして、今期初めて聞かれた言葉として「暑さ指数」という言葉、当ブログでも紹介いたしましたがメディアを通じて毎日のように伝えられています。暑さ指数とは熱中症を予防することを目的としてアメリカで提案された指標で、人体の熱収支に与える影響の大きいー湘扠日射、輻射など周辺の熱環境5げ垢3つを取り入れた指標です。大久保間歩ツアーでは暑さ指数によりツアーの行程変更も実施されています。暑さ指数31℃を超えると、「身の危険を防ぐため」ツアーガイド中止するほどの決断も求められます。

 世界遺産石見銀山ではこの猛暑の中、多くの家族連れの姿がありました。当会ガイドは連日35℃前後の気温の中、石見銀山を訪れたお客様の案内に汗だくで案内する姿に頭が下がる思いです。せめて暑さ対策の見地から遊歩道の通行止めを解消してほしいものです。ガイド全員の要望です。

8月1日の石見銀山の気温(お昼ごろ) 40℃越えの日も

猛暑の中、神奈川県から石見銀山来訪、しかし猛暑で間歩観光断念、しばし事務所前

で談笑し来訪記念としてらとちゃんバイザーをサービスしました。

(写真掲載許可いただいています)

日傘のお客さまとカイド

 

それでも「生命に危険を及ぼす」ほどの猛暑の中、真っ赤な顔して歩かれ疲れた表情のお客様には大変気の毒な感じもいたしました。無料休憩所「渡辺家住宅」の役目は何でしょうか。今こそ休憩所としての機能を持たせてほしいものです。つまり「大田市のおもてなし」へのサービスを実現してほしいです。

メディアによる報道で、県によっては道路に散水する姿、ミストシャワーの提供の姿も映し出されていました。

この猛暑の影響は当会のガイドの稼働にも大きな影響がありました。猛暑から自転車利用が多かったようです。

 

さらに、未だ経験のなかった逆走台風も中国地方を横断いたしましたね。近年の気象異変には脅かされるばかりで何かの警鐘かもしれないです。7月はいろいろな意味で私たちに課題を提供してくれたようです。(S)

 

 

| ガイドつれづれ日誌 | 03:20 | comments(0) | trackbacks(0) |
コウモリの母親はどうやって自分の子供を探す?

 ずいぶん前、当ブログでユビナガコウモリの繁殖について触れました。おそらく大久保間歩で冬眠していたユビナガコウモリは、今頃日本海沿岸の海蝕洞で子育てしていることでしょう。この辺りの海岸線は、溶岩でできているところが多いので、海食洞ができやすく、コウモリにとって安全な子育ての場となっています。さて、巨大コロニーを形成して集団繁殖を行っているコウモリたちは、どのようにして自分の子供を見つけ出して子育てしているのでしょう。場合によっては何千頭というぎゅうぎゅう詰め集団の騒音が渦巻くなかから母親​が自分の子供を見つけ、乳を飲ませたり餌を与えたりすることができるのはとても不思議なことです。この秘密は、母親には自分を求めて​鳴く​赤ちゃんの独自の超音波波長を聴き分ける繊細な聴覚にあるようです。もう一つは子供のもつ特有の臭いを嗅ぎ分ける能力にもあるようです。集団で生活する動物は、嗅覚により自分の赤ちゃんを識別するそうです。例えば、ウシは自分の子供以外の子牛がオッパイを飲みに来ると、後ろ脚で蹴飛ばして寄せ付けません。

 ヒトはどうでしょうか。ヒトの嗅覚は哺乳動物のなかでは、とりわけ劣っています。産院で赤ちゃんを取り違えるという問題が頻発するというテイタラクぶりです。でも、母親が自分の子供の臭いを一生覚えて忘れられないとすれば、これはこれでもっとひどい悲劇が起きるかもしれません(O)。 

| ガイドつれづれ日誌 | 02:32 | comments(0) | trackbacks(0) |
往時の道を歩く

 そのむかし往還道として、三瓶山の西の原と北の原を結んだとされる山道を歩きました。

 西の原には、一里塚の基準として定められた松が植えられています。一説には、この松は石見銀山の初代奉行・大久保石見守長安公が御料内の交通網の整備を行うため植えたとされ、「定めの松」と名前が付けられています。

 

       西の原の「定めの松」

 定めの松は二株あり、推定樹齢は400年と言われています。

 

 

 西の原の「定めの松」から北の原へと繋がる往還道は、延長約4km、比高約110mのアップダウンが少ない道です。三瓶の自然観察会でも使われる道ですが、現在は軽トレッキングコースにもなっていて、健康ウォークの道としても最適です。

 近世の時代、炭や作食米など生活物資を運ぶため牛馬で往来していたと思われます。歩いた日は、高温注意報が発令されていましたが、林の中は日影となって快適で、当時は村をつなぐ生活道としても使われていたようです。

                                                  文 責(T)

 

    西の原に咲いていた「コオニユリ」

 

   山道沿いに咲いていた「キツネノカミソリ」

 この山野草の葉は、春から夏にかけて生え、光を受けて葉緑素を蓄え、花を咲かせるための栄養分とします。ピンクの花が咲く初夏になると、葉は枯れてしまいます。

 花を狐火に見立て、葉の形がかみそりに似ているところからその名があるようです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| ガイドつれづれ日誌 | 00:00 | comments(0) | trackbacks(0) |
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