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著名なグルメ漫画に『日本全県味巡り 島根編』が登場しました。石見の食の幸も色々紹介されています

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帚木 蓬生
天平の世、大仏造営の命を受けて奈良へと旅立つ青年の苦難の人生を軸に、当時の人々の生き様が素朴で力強く描かれた良書
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悲しいできごと・・・・

  今日も朝一番に仏壇に線香をお供えいたしました。6月6日は、おばあさんの亡くなった日なんですね。こんな話からすみません。

 

   最近、我が家でこんなことが頻繁に起きている。

夕ご飯の食材を、この一週間で何回落としたことだろう。今日も妻は、私の茶碗を落としました。笑ってすむからまだいい。「病院に行った方がいいよ」と会話をしていたら、悲しい事がおきました。私が親しくしていた友人が亡くなった。このところ私の親しい人が相次いで亡くなっている。また大病を患っている方が2人もいる。先日も肺がん定期健診、肝臓のMRI検査など相次いで受け自己管理に気を付けています。皆さん、日頃より無理は禁物、何か異変を感じたら、「まず病院へ」ですよ。

 

   さて、話はもとに帰ります。亡くなった方の名前は遺族に配慮して公表はしませんが、いろいろな形でお付き合いさせていただきました。突然の訃報に驚いています。故人のご冥福をお祈りいたします。(S)

梅雨入りも、こんなに夕焼けに恵まれた鳥井港

| ガイドつれづれ日誌 | 02:14 | comments(0) | trackbacks(0) |
行ってみたい産業遺産と石見銀山

  5月12日付の朝日新聞の土曜版に、読者から募った「行ってみたい」「もう一度行きたい」産業遺産のアンケート結果が載っていました。その結果、1位から10位までは次のとおりでした。々部ダム、軍艦島、I找製糸場、じ暁ドーム、サ譽哀薀弌悉斬陝↓μ崛監獄、➆小樽運河、大阪造幣局、石見銀山跡、琵琶湖疎水。

網走の監獄が6位に入っているように、ここでいう産業遺産の定義はとくになく、行ってみたい建造物くらいの軽いノリで選ばれたのでしょう。選ばれた10位までの遺産をみると、石見銀山を除いて、明治以降の遺産がほとんどでした。他に鉱山関係遺産では、12位に足尾銅山、13位に佐渡金山が選ばれていました。石見銀山が9位に選ばれたのは、大健闘でしょう。

ここで選ばれた産業遺産ベスト10をよくよくみると、石見銀山の他は、どの遺産も名前を聞いただけでそのイメージが浮かびます。それでは、石見銀山を訪れるお客さんは、石見銀山にどのようなイメージをもって来られるのでしょうか。「きっと世界遺産だから何かあるに違いない」程度のものかもしれません。そこにある何かを分かっていただくことがガイドの仕事だとすれば、石見銀山ほどガイドの役割が大きい遺産はありません。ガイドの説明がなかったら、ただのハイキング、それだけならまだしも疲労感、不満だけが残ることになってしまいかねません。

“世界史、東洋史、そして日本史の接点を銀を介在させて解きほぐす”、“銀山をめぐる戦国大名の争奪戦の壮絶さを語る”、“仙の山の形から銀の鉱脈のでき方を解説する”、“坑道の中に生息する動物や季節を彩る植物の話題を取り上げる”町並みを歩きながら、古い文化にひたる“などなど。このように石見銀山はその歴史、文化、地質、自然など多面的に解説することにより初めて遺産のすばらしさや世界遺産である理由を理解していただけるところです。石見銀山のガイドは、石見銀山フィールドミュージアムのいわば学芸員です。石見銀山においでの際は、どうぞガイドの会をご利用下さい(O)。

| ガイドつれづれ日誌 | 01:19 | comments(2) | trackbacks(0) |
霧の三瓶山を歩く

 青く晴れた日には晴れやかに、小雨降る日には情緒的に、霧に覆われた日には神秘的に、山はその日の気候によって様々な姿を魅せてくれます。先日は広島から来られた中学生の皆さんをご案内しました。登った国立公園・三瓶山は朝霧が張る神秘的な世界でした。

 

 今年度も「石見銀山ガイドの会」と「国立三瓶青少年交流の家」とが連携・協力して、青少年の野外活動の一端としての三瓶山登山のガイドを行っています。広島の中学生の皆さんをご案内した時は朝霧の中の登山ガイドでした。

 

       霧の登山道を登る

 

 霧が張っていても中学生の皆さんは元気いっぱいです。歌を口ずさみ、がんばれ〜の掛け声が山に響きます。
 

        男三瓶山の山頂で

 

 当ブログを担当している(A)さんの記事に「Life than 70 years old」とありましたが、ガイドの会(約60名)の平均年齢は70歳です。その内の10名位の会員が三瓶山の山ガイドを実際に行っています。山ガイドをする人は殆どが若い頃から登りつけた元気な皆さんです。

 今回は60代2名のガイドと教師の皆さんとで道案内や登山中の安全管理をしました。

 大丈夫と思っていても老いは進みます。体調を十分に整えて安全第一のガイドを心掛けたいものです。

                  文 責(T)

 

 

(番外編)

 石見銀山や低い山地に自生する「アオキ」という名の樹木です。

 緑の葉っぱの樹木でもアオキと名付けられています。その昔、江戸時代を通して緑という表現や言葉がありませんでした。緑も青も総称としてアオと言っていました。

 だから、文献上現在もアオキとなって残されています。

 信号機の緑も青と言っています。これはその名残りかも知れません。

 

 

| ガイドつれづれ日誌 | 00:00 | comments(0) | trackbacks(0) |
悩ましい二者択一

今週土曜日(9日)は、悩ましい二者択一があります。

 

島根県指定史跡 

石見銀山御料郷宿泉屋遺宅金森家

発掘調査現場公開

 

開催場所 金森家

10時~15時

説明時間  11時〜  14時〜

お問い合わせ先

石見銀山課 0854−83−8132

 

 

石見銀山と佐渡金山の間歩から学ぶ

 

開催場所 世界遺産センター

9時30分〜 受付

10時~講演 講師・松江工専 久間 英樹教授

12時〜フィールドワーク 

   石銀地区〜栗林坑付近〜於紅谷~本間歩

お問い合わせ先

松浦 良彦さん 080−5019−2139

 

梅雨入りか?と言われてから連日真夏を思わせる日が続いています。

水分補給を十分して歩いていただきたいです。(A)

 

 

| ガイドつれづれ日誌 | 06:37 | comments(1) | trackbacks(0) |
暑さ対策と雨期を前に

  昨日は強い日差しの中、多くのお客様が訪れ、汗だくで歩かれていました。この姿を見ると、どうしても無料休憩所「渡辺家住宅」で休んでほしいと思います。

借景の景色ご覧くださいませ

庭も綺麗に手入れしました。

 

今シーズン初めて扇風機を稼働しました。無料休憩所となっている「渡辺家住宅」は築200年の武家屋敷であり広いですから涼しいですよ。龍源寺間歩まで歩き汗をかかれ疲れが残っていますよね。ゆっくり休んでほしいです。そして遠景には山吹城跡を見ることができます。

 

そこで、しっかり汗をかかれているお客様に、冷水サービスできないものかといつも思います。

 

つぎに思うことひとつ。

昨日も暑い1日でした。平素ならガイドさんは、涼しい遊歩道を歩く姿がみられますが、いつからでしょうか、遊歩道が一部利用できません。暑いアスファルト市道を歩いていますから大変です。

特に、大安寺跡の階段周辺は地震の影響がそのまま残り無残な姿がいまも残っています。少なくとも早く撤去なり応急処置していただけないだろうか。さらにここから約約200m区間は通行止めとなっています。銀山側のすぐ脇、雨期を前にさらなる心配もあります。点検も必要かと思います。

地震の影響そのまま

 

整備された新切公園からの遊歩道部分

 

行政当局の皆様、石見銀山来訪のお客様への配慮もお忘れならないでください。(S)

| ガイドつれづれ日誌 | 08:13 | comments(2) | trackbacks(0) |
江戸幕府のシステム「勘定吟味役」

今メディアを騒がせているのが「日大アメフト」

ですが、そのことに対してのコメントではありま

せん。権力を過剰に持つと不正が行われるのは

歴史上にもよくある話です。    

 そこで今回は江戸時代の驚きのシステムを

紹介します。

 

代官様を管理するのは「勘定所」で、此処は

江戸幕府の財政部門を管轄します。お金に

かかわる場所ですので不正があってはなりません。

長官は「勘定奉行」ですが、その下に

「勘定吟味役」という役がいます。

この「勘定吟味役」は勘定所に所属していますが、

「勘定奉行」の次席ではないのです。

老中直属の機関で勘定所での不正に目を光らせて

いるのです。当に第三者委員会的な存在なのです。

 

勘定奉行はキャリア組が多い中で、勘定吟味役は

ノンキャリアが上り詰める最高位と言えます。

江戸中期石見銀山代官であった

「川崎平右衛門定孝」は石見銀山の中興の

代官的存在でその子「定盈」、孫「定安」

と三代続いて石見代官を務め、銀生産に加え

銅の生産に力を入れました。

東京都府中市の川崎平右衛門銅像

東京都府中市にある川崎平右衛門の銅像

 

これは、長崎貿易に必要な銅を量産するのが

狙いでした。

 

江戸後期に石見銀山から尾道まで何百頭もの

牛馬の列がなされましたが、その荷駄の大半が

銅だったのですね。

 

実は、江戸初期は別として、代官が同じ場所を

親子で続けて務めることは異例中の異例なのです。

また、この時期石見銀山では、地方(じかた)の

代官様と銀山方の代官様がいたのです。言うまで

もなく銀山方を管轄したのが川崎代官一族でした。

石見銀山「龍昌寺跡の川崎平右衛門供養塔

石見銀山「龍昌寺跡」の川崎平右衛門の供養墓

 

この「川崎平右衛門」生まれは百姓で、

旗本に取り立てられ美濃代官を経て

石見代官となり、石見銀山を立て直し、

後勘定吟味役まで上り詰めました。(銀)

| ガイドつれづれ日誌 | 01:00 | comments(0) | trackbacks(0) |
FDA効果

来訪された方から「ここは遠いですね」と言われることがよくあります。

交通アクセスの改善が、大きな課題であることは間違いまりません。

尾道~松江線(やまなみ街道)が開通して、四国、福山ナンバーの自家用車での来訪が格段に増えています。

「今朝思い立ってきました。今日帰ります。」と言われる方も少なくありません、

 

   赤みをさした山法師がきれいです

 

最近、ワンコインガイドの参加者の中で静岡、宮城の方の名前が多くなっています。

3月と4月、あいついで、FDAの静岡~出雲、仙台~出雲の直行便が運航されるようになったからだと思われます。

この直行便とレンタカーを併用された方には、現金5000円が当たる抽選や群言堂のお買物券がプレゼントされるなどの特典がついています。

しかし、特典のことをご存じない方が多く、お知らせして、抽選してもらっています。中には、5000円があたり、思わぬラッキーと喜ばれる方もあります。

山陰道の全線開通はじめ、様々な形での交通アクセスの改善が早急に進むよう願うばかりです。(A)

| ガイドつれづれ日誌 | 07:44 | comments(1) | trackbacks(0) |
事務所での一コマ

5月も終わり季節は、いよいよ梅雨到来となります。

九州北部、山口地方は梅雨に入っていますね。山陰地方はこれから・・・・

ガイド事務所で仕事していて感じることがあります。

満車の続く銀山公園駐車場

 

お客様の来訪が盛んであること。年齢層にも幅があっていいですね。外国からのお客様も目立ちます。筆者も先日ハワイからのお客様を案内、貴重な経験をいたしました。文明の機器を使わない手はないですね。何事も挑戦です。とかくこの年代になると新しいものに挑戦しずらくなります。

 

ですが、こまねいていてはいけないと思います。小学生もスマートホンを使用、世の中の流れに遅れずむしろ先を読んでいるかのように生き生きと動き回っています。先日、事務所当番の時、地元に2年住んでいるという千葉県出身の若い女性3人とお話いたしました。なぜ声を掛けたかというと、しきりにスマートホンを操作していました。世界遺産石見銀山でありながら通信回線よくないですね。田舎はドコモが主流。そしたら、私もドコモと答えが返ってきました。話をしてみると千葉から大森に来て2年なりますと。「不便は感じますか」と聞くと「感じません」と返ってきました。交通の便も悪いし不便でしょうと。以外にも「大森に住んでいていいです」という言葉が返ってきました。よほど大森が気に入ってくれているんだと感じました。東京なら交通機関は発達していてなんの不自由も感じませんね。先日三江線が廃止となりました。田舎にとっては大切な生活手段、採算が取れないからと言って廃止は如何でしょう。東京で儲かった分、田舎に還元することが必要でしょうね。と言葉を交わし、しばしのお話で交流させていただきました。

 

事務所にいるといろんな人間模様が見えてきます。忙しい中のほっとする一コマも必要でしょう。コミニュケーションを図る楽しみがここにあります。(S)

| ガイドつれづれ日誌 | 03:17 | comments(1) | trackbacks(0) |
第31回井戸公顕彰俳句大会

   今年も19代代官井戸平左衛門公の遺徳を偲んで、5月27日(日)井戸公顕彰俳句大会が大森町交流センターで開催されました。この伝統ある句会は、今年で31回になりますが、年々俳句愛好者の高齢化が進み、参加者も少なくなってきています。それでも県内各地から25名の参加者がありました。今年は、大森小学校に参加を働きかけ、そのため事前には3〜6年生7名を対象に「俳句の作り方教室」なども開きました。しかし、当日はインフルエンザが流行っていることで、残念ながら出席を断念せざるをえませんでした。

   今年は、事前投句の部では全部で189句の応募がありましたが、選者のお一人である波多野弘秋先生の特選のなかに、当会の安立会長の次の句が見事選ばれました。

 

河村政経さん無き藷殿忌      安立 聖

 

また、当日最高点を取り今年の大会賞には次の句が選ばれました。

 

竹皮を脱ぐ銀山の日を弾き 万代紀子(松江市)

 

大森小学生の子供たちは、出席できませんでしたが、作品だけは出してもらいました。その中では、次の句が沢山の票を集め注目されました。 

 

いも殿忌がらがらぽんのおかしかな   林 真晶

 

がらがらポンのお菓子がどんなものか知りませんが、小学生らしく、ユニークでユーモアもあり素晴らしい俳句でした(O)。

| ガイドつれづれ日誌 | 01:25 | comments(0) | trackbacks(0) |
世界遺産・石見城跡

 先日の日曜日「天空の昼ごはんin大森」のイベントの中で、石見城跡を訪ねて龍厳山(りゅうがんざん)へ登りました。筆者の地元(仁摩町)が会場なので、このイベントの参加は外せないものでした。

 

 中央の山が石見城の主郭跡が残る龍厳山(153m)です。戦国時代に銀山を山の上からも支配管理した4つある山城の一つです。

 

 山頂にはテラス状の砦の跡が残っています。

 

 歴史や伝説は、史実に近いものから、昔話にある風説に至るものまで種々さまざまです。石見城に関わるその一つをご紹介したいと思います。

 天文永禄年間の16世紀中頃、石見山城(龍厳山)に陣を敷く尼子軍と、山吹城(要害山)攻めの毛利軍との攻防がありました。毛利勢の一隊がわずか90名あまりで、この石見城を攻め落とそうと、仁摩町仁万の能仁寺山(のうにんじやま)に陣を敷きました。

 一兵ごとに松明をかかげ、或いは松明を角につけた牛を何頭も放して大軍を装い、奇襲をかけた毛利勢が勝利した言い伝えが残されています。筆者が小さい頃からの有名な伝説となっています。

 

 毛利勢が陣を敷いた能仁寺山(75.3m)は、日本海を背に左側上に見えます。ひょっこりひょうたん島によく似た能仁寺山です。(石見城跡から望む)

 

 石見城跡から南の方角には、大森の仙ノ山(銀山)、要害山、矢滝城山、矢筈城山などの山城跡が残る山々が一望できます。天然の要塞であった石見城は、海岸部を迎えることができ、山吹城跡が残る要害山を望める最良の位置にあったことが登ってみて分かります。

 毛利・尼子による争奪戦の拠点の一つでもあり、狼煙などを上げる砦の役割も果たしたと考えられます。

 

 山頂は、天空の昼ごはん、ランチの会場になりました。最高のパンとお肉、風味豊かなカリアーリさんのコーヒーを頂きました。

 標高153mの軽登山と、歴史を忍ばせる眺望や龍厳山周辺の歴史スポット(みこもり穴、大国主神社、高野一族の墓、安井好尚家跡地や頌徳碑など)を含めた石見銀山のガイドコースに成りそうです。      文 責(T)

 

 

 

 

 

| ガイドつれづれ日誌 | 00:00 | comments(0) | trackbacks(0) |
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