三次奉行所のもとへ、大森代官・根本善右衛門からの書状が届いたのが19日頃の事である。
「大森天領住人・万右衛門殺しの一件の検分のため、手代・水野正太夫他2名を22日に寄越す。ついては広島藩及び広瀬藩(=磯五郎の在所)の御役人衆にもお立ち会いあるべし」
そこで要平はさっそく、三次奉行所からの呼び出しを受けたのである。
「大森代官所よりかくかくしかじか連絡あり、22日にこの一件について吟味を行うことと相成った。ついては大森代官所と広瀬藩から出張る役人衆の宿泊所を用意すべし」
「ははっ、かしこまりましてござる」
帰り途、要平は歩きながら思いにふけった。
宿泊所の手配ぐらいはどうにかなろう。3日後というのは少々きついがな。
それにしても
(こちらの都合も聞かず吟味の日取りを決めて事を押し進める大森代官所・・・そしてそれに黙って従う三次奉行所・・・天領石見銀山のご威光とはかくも強いものか)
思わずにはいられぬ。
22日。
いよいよ検視と吟味の日である。
大森代官所からは手代筆頭役・水野正太夫と元締役・小野源次郎が、広島藩からは手島武平次および木原覚蔵が、そして三次町奉行役人、関わりある庄屋たちが、室市の升屋栄次郎方にて一同に会した。
事の顛末を改めたのち、証人の磯五郎が呼ばれた。
凶事が起こって以来、数日留め置かれていた磯五郎は、随分やつれた様子で役人衆の前にまかり出た。
「そちが磯五郎であるか」
「へ、へえ」そうそうたる役人衆の居並ぶ座でますます畏まる磯五郎である。
「こたびの事、そちが見た限り知る限りをつまびらかに申すが良い。嘘いつわりを申すでないぞ」
「へ、へえ」磯五郎は、唇を舌で湿らせて深呼吸すると、
「あれは16日の夕刻のことでございます、わたくしめがもうじき国境という所にさしかかりますと、」芝居のト書きを読むような調子で語り始めた。
ところで。
この吟味に先立って、要平は手代の舷助をある使いにやった。
「良いか、磯五郎の足取り、真に当人の申す通りかどうか、しっかり確かめてくるのじゃ。わかったな」
「承知、つかまつりました」
舷助が草鞋のひもを結ぶのももどかしく向かった先は上下町と作木である。
磯五郎によれば、13日から上下町や作木で魚を商い、16日にようやく商いを終えて国へと帰る途中だったという。これが事実かどうかを聞き込んで来い---というのが主人・要平の命であった。
(旦那様の大事な御役目だ、万に一つも見逃しがあっちゃあならねえ)
舷助、まずは上下に立ち寄る。上下は石見銀山から尾道に至る銀山街道の宿場町、幕府の天領である。代官所も置かれ商家が立ち並び、たいそうな賑わいである。
「ちょいとごめんなさいよ、」
町中の市で、商いをしている男にそれとなく声を掛けてみた。
「赤名宿の磯五郎さんってえ人を探しているんだが」
「磯五郎?ああー、磯五郎か。おめえさん、まさか借金の取り立てかえ」
男は舷助の風体にちらりと目をやった。
「えっ?あ、いや、ちょいと人から文を言付かっているもんで」
「そうかえ、ま、その文もロクな用件じゃあるめえよ。お前さんも大儀なことだの」
「磯五郎さんの姿を最近見ましたかね」
「13日頃だったかな、行商の荷を背負ってこの辺りをぶらついては居たがね」男は肩をすくめてそう言った。男のそぶりがそのまま、磯五郎の評判を表すようであった。
(続く)