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まだまだわからん石見銀山 第62話 永久鉱床(三)

 次に「佐藤鉱」。これは「三五番鉱」を南に5〜15度振った方向に採掘された坑道で、やはり佐藤鉉に沿って東方向に約300辰箸いδ垢広い範囲を上下に何層にもわたって開削したエリアです。永久坑は平面図でみると坑道の形がL字形をしていますが、そのL字の縦棒が永久坑本坑道だとすると、佐藤鉱はL字の横棒にあたると考えればわかりやすいでしょう。坑道の東の先端は仙ノ山の内部のかなり奥まで入り込んでいると思われます。

 

 佐藤鉱の上方は龍源寺間歩坑準まで採掘しています。また下方は永久坑準から4つの坑道を形成しながら約120歎,蟆爾欧討い泙后なお、佐藤鉱はその水平坑道の中央(L字の横棒の真ん中付近、地上位置で言えば村上竪坑の南地下あたり)で村上竪坑を経由して村上坑にも通じる坑道が設けられています。また、坑道の東端付近からは蔵本坑方面に別の坑道で連結されています。

 

 更に、中瀬鉉を採掘したエリアも永久鉱床では重要な区域でした。これは佐藤鉉の北約50辰里箸海蹐砲△辰森枳を掘ったものでした。明治32年に発見され、藤田組がそれまで経営不振のため事業規模の縮小や売却を考えていた時に見つかり、これで藤田組は息を吹き返したといいます。

 中瀬鉉は永久坑準から上部へ1〜3番坑道まで3本、下部(底部)へ底部1〜2番まで2本の坑道を東方向に掘って採掘しました。中瀬鉉を採掘した地上位置は村上竪坑の北方の地下です。付近の地上には坑口が確認できませんので、その鉱石をどのように搬出したのか不思議に感じています。遠回りでもやはり永久坑に搬出したのでしょうか。

 

 最後に、馬之背鉉を採掘した坑道。馬之背鉉は中瀬鉉から更に50辰曚彬名紊靴燭箸海蹐砲△辰森枳でした。この坑道は永久坑道から三木坑(間歩番号:340)付近を通過して旧長楽寺跡地下を経由して昆布山谷まで延びています。坑道が永久坑に通じていますので、鉱石はやはり永久坑から搬出したのでしょうか。また三木坑からの連絡坑道がありますので、三木坑からも搬出したものと考えられます。

 

 これら永久鉱床での生産量は明治39年〜大正4年で含金銀型銅17〜39/月でした。また、明治期の終りから大正期の初めにかけて従業員は512 人もいました。

矢滝城山から仙ノ山方面を見る。あの谷あいの地下にたくさんの坑道が走っている。深いところでは海面下約160辰砲泙之,蕕譴討い襦

 

 藤田組は永久坑から掘り出した鉱石を柑子谷の製錬施設で選鉱と中間製錬をして含金銀型銅にしました。この型銅は秋田県小坂銅山に送ってそこで金、銀、銅を取り出しました。当時どのような物流手段で型銅を永久坑坑口があった仁摩町大国から秋田県まで輸送したのか大変興味があります。道路もなく鉄道もない時代でした。

 以上多くの事項を高田実(元藤田組、同和鉱業技師長)著『大森銀山の昔話し』を参考にしました。(Ng)

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