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シルバーラッシュは何故起きたP-15

☆天下の御山☆

 豊臣秀吉は、金銀山は公儀の御山という考え方にします。つまり金銀山は国家(豊臣政権)のものだよ、と云う事です。とはいえ少なからず抵抗はあるはずです。直轄地には奉行や代官を派遣、その他の金銀山からは、金銀山を領有する有力大名に委託する等の形で通常1割程度の運上銀を吸い上げました。秀吉の元には全国から大量の金銀が集まったのです。

豊臣秀吉

 では、石見銀山の銀はどうだったのでしょう、実は石見銀山の銀が秀吉に納められた事実は無いのです。一部の書物には毛利と豊臣の共同経営ともありますが、その事実は無いのです、古文書に書かれているのは、石見新銀山からの銀は確かに納められていたのですが、これは石見銀山を除く他の銀山の銀です(久喜大林銀山等)これらは石見新銀山として石見銀山とは別の銀山なのです。ではなぜなのでしょう、一口で言えば豊臣と毛利の力関係があると思いますが、実は毛利元就は石見銀山を手中に収めたとき、時の「正親町(おおぎまち)天皇」に銀を送っています、この時石見銀山は天皇家の銀山で、毛利はその永代代官と云う形にしていたのです。つまり毛利家の一存ではなりませんよ、的な感じです。

御取納丁銀(元就が扇町天皇に贈ったと云われる石見銀)

 ともあれ、秀吉の元には全国から大量の金銀が入り絶大な権力を握ることになったのです。これは徳川政権にも受け継がれ、石見銀山も例外ではなく、慶長5年の関ヶ原の戦いの僅か10日後には銀山周辺に「禁制」を出しています。内容は、騒ぎを起こすな、放火をするな、盗みをするな、的な意味の簡単なものですが、これにより「石見銀山は徳川のものだよ」ということです。その年のうちに代官頭の「大久保長安」「彦坂小刑部」の大物が使わされています。実は、この時まで家康の領地は東日本に集中し西日本は手付かず状態でした。石見銀山は家康にとって財政的にも地理的にも重要な足がかり的な意味であったのです。これを機に天下統一に拍車がかかりました。(銀爺)

慶長5年(1600)石見銀山領に高札された「禁制」

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