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シルバーラッシュは何故起きたP-10

☆シルバーラッシュの幕開け☆

 朝鮮がハングルを捨てた時期、李氏王朝10代「燕山君(ヨンサングン)」の時代(14941506)朝鮮半島北部(現北朝鮮)では銀鉱山の開発がなされていました。実は、この頃朝鮮半島では貴族階級などの高級品志向が強まり、中国製品(唐物)の需要が高まっていました。これらを手に入れるには銀が欠かせなかったのです。

 このような中11代中宗王は明への銀の貢納を恐れ、国内での銀山の開発を禁止し、朝鮮半島には銀は産出しません、の形をとったのです(ようするに、親分(明王朝)が銀持ってこい、銀持ってこい、と煩いので、面倒くさいから銀はございません、と云う事です)。しかし、沙羅(さら)、や緞子(どんす)等高級中国製品の需要は益々高まり、銀の需要が高まっています。

11代「中宗王」の時代から「宮廷女官チャングムの誓い」

 ここで思い出していただきたいのは、前々回(510日)の「元寇」で述べた如く、日本の大内氏の庇護を受けていた「博多の商人」である「神屋寿貞」が朝鮮半島で銀の需要が高いことに目を付けたのは自然の流れであったのです。実は当時日本では、銀は装飾品などに使われる貴金属ではありましたが、銀に貨幣の価値があるとは誰も思っていなかったのです。

銀細工装飾品

 1527年博多の商人「神屋寿貞」による石見銀山開発は(これに関しては、当ブログでNgさんが詳しく解説されています、月曜と金曜がNgさんの担当です)、このような世界の事情の中で行われたのです。当初石見銀山で採掘された銀鉱石は「鉛鉱石」として朝鮮半島に出荷、朝鮮半島ではこの「鉛鉱石」から銀を抽出したのです。そして1533年「宗丹慶寿」により「灰吹き法」という銀の精錬法が伝えられ石見銀山の第一次シルバーラッシュの到来となってゆきました。

 では、銀の見返りに日本に持ち込まれたものは何でしょう、この時代朝鮮では木綿が貨幣の代わりをしていました(日本で米が貨幣の役割をしていたように朝鮮では木綿だったのです)大量の木綿が輸入され日本では16世紀急速に木綿の普及となりました。

 銀のうわさは倭寇や中国の私船(この当時の中国・明朝は「海禁政策」でこれらの船は皆密貿易と云う事です)などのネットワーク等で広まり、ポルトガル船が1543年の種子島漂着・鉄砲伝来となったのです。(銀爺)

鉄砲伝来の図

| 銀山 むかし語りいま語り | 00:00 | comments(0) | - |
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