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まだまだわからん石見銀山 第13話 勧進聖

 これまでは、石見銀山と修験とのかかわりについて見てきました。もう一つ、修験者とは別に銀山に出入した人達にも触れねばなりません。それは、いわゆる勧進聖(かんじんひじり)ないし廻国聖(かいこくひじり)と呼ばれる人たちです。

 

 廻国聖は、中世において各地の庶民の中に入り仏教の教化にあたったり、山岳に入って断穀不食の苦行練行を積んだりしました。具体的には、廻国遊行して念仏、造仏、架橋や募金活動など、いわゆる勧進活動を行いました。また、各地で唱導文芸や芸能の指導にも活躍しました。

 

 平安時代以降、このような聖たちが活躍し全国を渡り歩きました。六十六部廻国聖、善光寺聖、四天王寺聖、高野聖などが有名です。今まで採り上げた修験者とどのように異なるのか、あるいはどのように繋がっているのかは筆者にはよくわかりません。

 

 歌舞伎の『勧進帳』に出てくる源義経主従の話はよくご存知のことと思います。頼朝に追われた義経一行が山伏に扮して平泉を目指して逃避行する訳ですが、加賀の安宅の関を通過するときに武蔵坊弁慶の機転と関守の温情によって関所をうまく通過する話です。この話が事実なのかどうかはわかりません。しかし、この話からは、あの頃このような山伏や勧進聖が存在し、彼らはその素性と活動目的を示せば割合容易に関所を通過できたことがうかがえます。(Ng)

       勧進帳『安宅の関』(国立劇場パンフレットより)

| ガイドつれづれ日誌 | 00:21 | comments(2) | - |
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コメント
 廻国聖が全国を回り、仏教の教化にあたったのではという解説に、あの頃、すなわち、平安末期から室町時代の頃にはまだ、お寺は少なく、こういう修験者とか聖などの地道な布教活動があったのかな、という感想を持ちました。かつては巫女という宗教的な存在があり、これらの巫女たちが神様からのご神託を聞き、それを人間に伝えるということもあったようです。そういう巫女たちの歴史からやがて、比丘尼という宗教者が現われ、土地土地を巡り、人々に縁起絵巻の絵解きなどをして仏さまのありがたさを説き、そのお礼として喜捨などの寄付を受けたようです。とすれば、男女とも、仏教を広める役割をしていたことになります……。がともかく、今の世はお寺にお参りし、その寺のお坊さんから、仏法の教えを聞いて、この世での身の処し方を考えることが多いのですが。老若男女ということになれば、今の若い人たちはどちらかといえば、そういう仏の教えとか、来世のことなどにあまり関心がないように、僕には思われるのですが、どうなのでしょうか?。そんなことを考えさせられました。
| 沢村俊介 | 2020/03/23 5:09 PM |
 コメント、有難うございました。

 室町時代以前、仏教と言えば国家鎮護のためのものであったり、貴人たちの往生や救済を目的としたものであったりして、お寺もその範疇で存在していた。つまり、仏教もお寺も庶民とはなお距離があったと思います。

 仏教の教団がいつ頃生れたのかは知りませんが、教団という宗教団体は、時の権力にとってはむしろ警戒すべきものに映ったと思います。教団がいつ政治結社に転化するかわからないからです。

 そういう中で鎌倉新仏教宗派では念仏集団や禅僧たちが、旧仏教宗派では廻国聖たちが、それぞれ武士や民衆の教化に当たったと考えています。

 最後に今の若い人たちのことを述べられていますが、同感です。若者に限らず今の人たちは物事を深く考えず、日々の享楽を追って生きているように思えます。そういうことですから、オウムのようなカルトに遭うと簡単にそこに傾いてしまうのではないでしょうか。
| Ng | 2020/03/23 8:49 PM |
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