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今年もお客様に助けられて何とか(2)

 「石見銀山には、今後どのようなお客様に来て欲しいと思いますか」。こんな問題を突き付けられたのは、民間のツーリズムアドバイザーからでもなく、行政の観光戦略課からでもありません。先日、市内の小学校6年生16名を銀山学習の一環として大久保間歩を案内しました。終わりの挨拶をして帰りかけた時に、一人の男の子が追いかけてきて、質問したのが上記の内容です。

「来てもらえるならどんなお客様でも大歓迎です」という答えでは、客のターゲットを絞ったらどうかという質問にはあまりにも安易にすぎ、この子の質問をはぐらかすことになります。このことは、実は筆者の胸の底にいつもよどんでいた問題でもあったのです。

要するに、『観光客には様々なニーズがあり、石見銀山はそのニーズにすべて応えることはできない。だったら、そのニーズのどの部分に応えることができるのかをはっきりさせることで、ニーズに合った観光客を選別したらどうか、“こんなお客様限定です           ”を宣言する』というのがこの6年生の言いたいことだったのかもしれません。その他の質問に「ガイドとして、お客様にどんなことを訴えたいですか」などがありました。

“昨日のように今日もする”ガイド歴10年の老ガイドに、慣れのおそろしさを気付かせてくれた小学校6年生でした。

 

老残の皺に食いつく蚊のあわれ (O)

| ガイドつれづれ日誌 | 01:06 | comments(1) | trackbacks(0) |
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コメント
代官「これからの銀山遊山仕置きは富裕層狙いとする」
同心A「遊郭を復活させ賭場を開き、オリンピックの通年開催などは如何と」
同心S「街道を走る、藩校対抗”人生楽ありゃ苦もあるさ”駅伝、も瓦版業者とタイアップでさせていただきたいとの本日限りのご案内です」
同心B「春夏秋冬、咲いても無いのに”サクラをみる会”と前夜祭で盛り上げましょう」
同心文責「世界中の人をインバウンドする最適地なのです」
領民代表「畏れながら申し上げます。銀山は古来から山の民、平地の民の拠り所です。商売のタネでは・・」
観光役人「黙れ!”暮らしの慎ましやかさやこころの静謐”ではメシが食えんのだ。わしらの扶持米が出んのだ」
同心O「餓鬼の声聴きつ慣れにし身に詰まされて・・」
同心DK「地獄の沙汰も欲の襷(たすき)か」

(銀山に)「どのようなお客様に来て欲しいか」との問いと、「どのようなお客様に(少しだけでも)変わって帰って欲しいか」との問いはセットのような気がします。
「観光地」というのは、基本的には全ての人にオープンです。訪問客をを選別したり拒否することはあり得ません。
観光ルートや推奨遺跡(ないしポイント)で少しぐらいアクセントを付けても、それで特定層の誘引に結び付けられると考えるは思い上がりでしょう。
幼い子は幼い子なりの、高齢者は高齢者なりの、訪問した其々が印象や思い出を紡いで持ち帰る。迎える側が出来るのは、彼らが銀山を離れる時、「来られた時と今では石見銀山の風景はどんな風に違って見えていますか?」と尋ねる事ぐらいです。
そして、その答えが突き付ける意味を自身がそれぞれ引き受け消化し次に備える(別に大層に備える必要もないのですが・・)。

(O)さんは、ガイドの仕振りとしての”慣れ”の怖さに言及されています。が、厄介なのは、行為としての”慣れ”の他にも、「思考」や「評価」、「予想・予測」の慣れもあります。
周囲や役所、観光メディアや関連書籍に知らず乗っかかって、「ま、銀山観光ちゃこんなもの」と分析してしまう”慣れ”です。
賢明な(O)さんには杞憂かもしれませんが、私には自戒です。自分自身の慣れと周囲の大勢に抗って「石見銀山遺跡とその地域的課題」に向き合う事は続けていきたいと考えます。

白兎飛ぶ海鈍色(にびいろ)に暮れかかり 亀鳴


| どっと・かめ | 2019/11/29 12:20 PM |
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