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万里の長城と石見銀山

 大永7年(1527)博多の商人「神屋寿禎」によって開発されたとされる石見銀山はその6年後、天文2年(1533)に朝鮮半島から「灰吹き法」と呼ばれる銀の製錬法が伝わり、その数年後には大量の石見銀が朝鮮半島に輸出されます。その見返りに輸入されたのは主に木綿でした。16世紀後半日本で大きく普及した木綿は石見銀が関わっていたのです。

神屋寿禎・銀山発見伝説「山が光った!」

 また、石見銀の情報を得た中国商人も日本に来航します。かくして石見銀の情報は倭寇等の情報網を経て、当時アジア貿易に参入していたポルトガルにも流れ天文12年(1543)種子島に漂着した「鉄砲伝来」となったのです。私たちも日本史で勉強しましたが、なんとなく偶然に種子島に漂着した、の如く勉強したように思います。実はその目的が石見銀であったという事なのです。

鉄砲伝来

 これらの銀を取り巻くその大元は、他ならぬ明国(中国)であり、まるでブラックホールの如く石見銀をはじめとした銀を飲み込んでゆきました。つまりポルトガルは中国と交易するためには何としても日本の銀が必要だったのです。当時中国は「北虜南倭」(北方民族の侵入、南シナ海を横行する倭寇の存在)に手を焼いていました。そこで北の万里の長城の整備にも大量の銀が必要でした。あの雄大な万里の長城建設には石見銀が大量につぎ込まれたという事になるのです。(銀)

万里の長城

| 銀山 むかし語りいま語り | 00:18 | comments(1) | trackbacks(0) |
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コメント
 石見銀山と万里の長城を結びつける。話のスケールが大きいですね。まさに世界の石見銀山ですね。

 それにしては、挿し絵の中の神屋寿禎さんの衣裳はやや貧相では? あるいは、あの人物は寿禎本人ではなく、同乗の水夫(かこ)なのか。どちらにせよ、小さなことですね。
| iso800 | 2019/08/18 7:46 AM |
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