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「十分一銀」と川崎代官

  石見銀山は江戸中期以降急激な産銀量の落ち込みとなり、「自分山」という民間経営の間歩(銀を掘り出す坑道)はほとんど不振に陥ります。そのような中、川崎代官の頃銀山は回復しました。これが川崎代官の行った「十分一銀」の制度によるものです。

川崎平右衛門供養墓(龍昌寺跡)

  これは銀山で生産された銀の一割を鉱山開発の資本に組み入れるという事でした。これを貸付銀として運用しその利銀で銀山の諸経費の捻出を計ったのです。

龍昌寺参道口から仙の山(銀山)を望む

  これは、前回(5月5日)で紹介した「関代官」の手法をさらに目的別に貸付銀を設け財源の多様化を図ったものでした。また、その後の代官にもこの制度は継承されたのです。

勿論このようなことを代官一人で決められるものではありません、計画の仔細を幕府勘定所に提出し許可を受けなければなりません。

川崎平右衛門定孝は、東京都の多摩、小金井市では、飢饉を救ってくれた代官として銅像も建てられています。代官様って素敵ですね。(銀)

多摩・小金井の桜と川崎平右衛門定孝の銅像

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