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史跡めぐりのご案内

 大田市仁摩町にひと際そびえる馬路高山・弥山があります。その山頂付近に南東に向かった自然石の岩窟があり、これを『上人岩』という名前で語り伝えられています。

 

         上 人 岩

 

 江戸時代の終り頃、木喰上人(もくじきしょうにん)が、この岩陰に居を定めて修行しておられました。土地の人たちが時折り「有難いお上人さま」と、水やそば粉などを持参して勧めていたそうです。

 その後、食べ物持参の人々がしきりに登るようになり、「これではとても修行が出来ない。」と、立ち去って行かれたということです。

 発たれるとき、送別の法座が小笠原家(屋号:砂水)で催されて、記念に書かれた「南無阿弥陀仏」という木喰上人の書が、今も小笠原家に残されています。

         (仁摩町ふるさと伝承記録から転写)

 

 小笠原家は、馬路高山の麓に18代続いて現存し、川本の小笠原一族の末裔で御殿医だった家系です。戦国時代(16世紀中頃)は戦国武将・尼子の家来でもありました。

 

 木喰上人は、仏教行者でしたが、仏像彫刻家、歌人でもありました。北は北海道から南は沖縄まで全国を遊行し、訪れた先に一木造りの仏像を刻んで奉納しています。

 その修行された「上人岩」を訪ねる史跡めぐりを兼ねた、馬路高山・弥山への山登りが計画されています。

 先日、下見登山に出かけました。

 

 前方左側が今回登る馬路高山です。鉄塔(NTTの通信施設)がある位置は山頂ではありません。山頂は馬路高山の尾根沿い中心付近の弥山(標高499m)です。

 

 その当時のものでしょうか(?)👆登山道には岩盤を削って作られた階段跡が残されていました。

 

 下見の際にロープの取り付けなど、登山道の整備を行いました。

 

 馬路高山の山頂・弥山の三角点(標高499m)

 

 晴れると中腹からの眺望も素晴らしいです。

 

 今回は石見銀山ガイドの有志数名がご案内します。

 ガイドと一緒に歩かれませんか。   文 責(T)

 

 

 ⦿史跡めぐりウォーキング(馬路高山山登り)

 

 日  程  平成31年3月17日(日)

 集合時間   8:45(厳守)

 終了時間  12:30(予定)

 集合場所  大国まちづくりセンター

 持 ち 物 水分補給用のお茶、登山のできる服装

 定  員  25名

 主催(申込み)大国まちづくりセンター

 電  話  0854−88ー9455  

 

 ※現在、申し込み参加者数は定員割れしています。

  5〜6人の追加参加は可能です。

 

 

 

 

 

 

| ガイドつれづれ日誌 | 00:00 | comments(4) | trackbacks(0) |
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コメント
 弥山という山。この弥山とは、古代インドの世界観のなかにある須弥山から転訛した名称だといわれています。弥山は全国各地にあります。広島宮島の弥山、出雲大社の北にある弥山、大和の大峯山系にもあります。いずれも修験の信仰と強いつながりがあります。

 馬路の高山にある弥山もやはり修験者たちが名付けたと思います。大江高山火山群にはもう一峰、弥山があり、これらの峰々は修験者たちが回峰し修業した山峰だろうと想像しています。石見銀山のあった山を仙ノ山といい、なんとなく仙人のような人がいた山のイメージです。石見銀山もその昔修験者たちが発見していたのではないかというのが、私の持論です。
| iso800 | 2019/03/13 8:07 AM |
 石見銀山は、修験者たちが発見していたということは別にして、寺伝(清水寺縁起)によると、推古天皇の命により西暦620年に、仙ノ山の石銀地区に天智院天池寺が建立されたとあります。

 その天池寺が建てられる以前の昔から、仙ノ山は古代神道ともいうべき山岳信仰(民族宗教)の修業道場だったというのが、筆者がガイドを始めた頃からの持論でした。その思いは漠然としたものだったのですが、iso800さんのコメントからその思いを強くしました。

 大陸から渡来してきた仏教を推進していた推古天皇は、仙ノ山が山岳信仰の求道の霊峰でもあることから、また、信仰用の山道も設けられていたことから、仙ノ山を仏教・天池寺建立の適地としたのではないかと想像しています。
| 石見銀山ガイド(T) | 2019/03/15 12:05 AM |
銀路さんのFBから、久しぶりにブログを開いて弥山登山の企画を知りました。もともと予定があり参加はできなかったのですが、また企画があれば登りたいです〜!早めのお知らせを、お願いいたします。
| 江川幸子 | 2019/03/17 10:44 PM |
 江川さまへ
 いつも事業にご参加頂き本当に有難うございます。
 計画されていた山登りを兼ねた史跡めぐりは、前日(16日)が雨天であったため、当日(17日)は足元が滑りやすく中止となりました。
 当事業が来年度も実施されるかは未定ですが、実施されれば、予定が分かり次第、当ブログに載せたいと考えています。
 個人の思いとしては、天候の安定する夏場が最良と思っています。
 お問い合わせ有難うございました。
| 石見銀山ガイド(T) | 2019/03/18 9:24 PM |
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