<< August 2019 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 >>

カテゴリー
最新の記事
最新のコメント
最新のトラックバック
月別の記事
リンク
サイト内検索
その他
美味しんぼ 109 (ビッグ コミックス)
美味しんぼ 109 (ビッグ コミックス) (JUGEMレビュー »)
雁屋 哲
著名なグルメ漫画に『日本全県味巡り 島根編』が登場しました。石見の食の幸も色々紹介されています

国銅〈上〉 (新潮文庫)
国銅〈上〉 (新潮文庫) (JUGEMレビュー »)
帚木 蓬生
天平の世、大仏造営の命を受けて奈良へと旅立つ青年の苦難の人生を軸に、当時の人々の生き様が素朴で力強く描かれた良書
SPONSORED LINKS
MOBILE
qrcode
<< つぶやき 「〇〇で!♪」 | main | 「梅まつり」近ずく! >>
お水取りとお水送り

   春を告げる行事といえば、奈良東大寺の「お水取り」ですね。もともとこの行事は、天平時代(752年)の大仏開眼供養から始まったとされます。儀式3月2日の若狭の国の「お水送り」から始まり、3月12日のお水取りまで2週間続きます。

奈良の大仏が建立された時、その表面に大量の金メッキが施されました。その時使われた技法が、水銀と金のアマルガム法だといわれています。水銀はある種の金属を溶かしこみ、水銀自体は常温では液体で蒸発してしまいます。この性質を利用して南米のポトシ銀山では銀の製錬が行われました。

奈良の大仏を金メッキするときに使われた水銀は、若狭の国からのものといわれています。小浜市周辺には丹生(ニウ)という地名が沢山残されています。この「丹」という意味は、もともと水銀を意味する漢語で、ひいては硫化水銀の呈する赤色をも表すようになったと言われています。

  水銀は水がねともいわれています。いろいろ調べてみると、このお水送りのお水とは、水銀のことのようです。そのために、若狭の国で「お水送り」を行い、その10日後に奈良東大寺で「お水取り」の行事が行われるようになったのだそうです。一連の行事のなかで、松明が焚かれるのも、もとはと言えば、大仏の表面に施された水銀を早く、均質に蒸発させるために行われたというのもうなずけます。

   数日前の新聞に、徳島県阿南市で辰砂(しんしゃ)とよばれる水銀の原料を採掘していた遺跡で、弥生時代後期の土器が発見されたことから、ここが国内最古の鉱山遺跡になるかもしれないという記事が掲載されていました。ちなみに、今まで日本最古と言われた鉱山遺跡は、奈良の大仏建造に必要な銅を供給した山口県の長登銅山跡だということでした(O)。

| ガイドつれづれ日誌 | 02:24 | comments(1) | trackbacks(0) |
スポンサーサイト
| - | 02:24 | - | - |
コメント
 たいへん勉強になります。Oさんの解説はいつも勉強になりますね。

 辰砂は古代では非常に貴重な物資でした。昨年『邪馬台国は「朱の王国」だった』というおもしろい本が出版されました(蒲池明弘著、文春新書)。講読をお薦めします。

 大田市内でも古代に辰砂を採掘していたと思われます。長久町土江に邇弊姫(にべひめ)神社という式内社があります。現在の祭神は埴夜須毘売(はにやすひめ)神(土の神)ですが、嘗ては邇弊姫神だったといわれています。邇幣は丹生(にう)に通じます。現に土江の近くで水銀を採掘していたという伝承があります。また、大田市久利町に赤波という地区があって、そこでも辰砂を採掘していたのではないかというのが、私の自説です。
| iso800 | 2019/03/07 7:53 AM |
コメントする









この記事のトラックバックURL
http://iwami-gg.jugem.jp/trackback/3334
トラックバック