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仏教と世直し運動

  鎌倉時代に真言律宗を開祖した叡尊(えいぞん)と忍性(にんしょう)らによって文殊信仰に基づいてハンセン病者に対する救済活動が行われたということです。今考えるとすごいことです。残念ながらこの運動は、宿業(前世で行った悪行へのたたり)の考え方が広まるにつれ差別はより先鋭化して、すたれていくことになります。時期を同じくして鎌倉時代には、世の中の乱れ、転変地異などの自然災害などが加わり、既成の仏教宗派に対する不満が巻き起こり、様々な新興宗教が立ち上げられました。そのなかでも法然、親鸞さらには蓮如にひきつがれた浄土真宗には様々な差別に打ちひしがれていた下層階級の人たちの大きな支持が集まりました。このような社会の底辺にいる人たちを救うための、いわば世直し運動は応仁の乱以降の戦国時代まで続きます。その中でも特筆すべきは、浄土真宗の僧侶や門徒が各地で戦国大名と闘った一向一揆です。これは、15世紀の中頃かろ16世紀の後半に渡って120年もの長期にわたり続いたと言われています。この時期は、石見銀山やその周辺の天台宗や真言宗の寺院の多くが浄土真宗に宗旨替えした時期と符合します。

布教という側面からみれば、布教理念がもっとも共通していた浄土真宗が浸透していた地域には、なかなか後発のキリスト教が普及しずらかったというイエズス会側の悩みがあったようです。

  石見銀山領では、熱心な浄土真宗の信奉者である毛利元就はキリスト教に対しては厳格に布教を許さなかったようです。一方、輝元の時代になると、領内での布教を許し、山口のイエズス会の活動も再開され、広島にも教会が建立され、毛利家の重臣のなかにもキリスト教を信奉する者も少なからずいたようです。

石見銀山領にはいわゆる隠れキリシタンの存在を示すものが多数あるとされています。おそらく、銀山領内でキリスト教が広まったとすればこの毛利輝元が支配していた時期でしょう。しかし、浄土真宗が大きな勢力を占めていた石見銀山領には、キリスト教が広まる要素が少なく、キリスト教の信者はほとんどいなかったのではないかというのが筆者の大胆な推測です(O)。

| ガイドつれづれ日誌 | 02:25 | comments(1) | trackbacks(0) |
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コメント
 明けましておめでとうございます。

 Oさんの記事はいつも新たな知識の源泉になります。本年も期待しています。よろしくお願いします。
| iso800 | 2019/01/03 2:26 PM |
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