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「大国」の地名の由来

 石見銀山の大森町のとなりに、「大国」という地名の町があります。現在の大田市仁摩町大国(旧大国村)で、面積は約15.1キロ平方メートルで市内でもかなりの大きさを誇ります。

 江戸時代の「大国」は石見銀山御料内(天領)でした。明治には「大国」の柑子谷で、石見銀山の大森鉱山として、銅採掘の近代的な開発を始めたところでもあります。

 

 その「大国」の中市には、出雲大社と同じ大国主命を祀る「八千矛山・大国主神社」があります。

 太古のむかし、高麗の地からお帰りの大国主命が、宅野の韓島に上陸されて、国見ご巡回の道すがら、この「大国の里」にお立ち寄りになりました。

 命はしばらく当地に滞在され、「御子森(みこもり)」の窟(いわや)で古代信仰をなされ、奥地に住む賊を平定されました。その折の戦の場所が「血の原」や「勝池」などの地名で残っています。

 そして、八千矛山に宮所を定められて氏神として祀られたことから、この地を「大国」の地名で呼ぶようになったと言われています。

 

       「みこもり穴」👆

 大国主命がおこもりになったと伝える窟は、大国主神社の境内より百数十メートルほど上の山中にあります。

 

 みこもり穴の入り口には、文久3年(1863)に、ここを訪れた大国隆正翁(津和野藩の国学者)揮毫の石碑が建てられています。👆

 

 この山に まつりたたへん ゆくすえを

   萬代とやいはむ 八千ほこの宮

 

     文久3年 野之口隆正(後に大国隆正と改名)

 

             と石碑に詠われています。

 

      八千矛山・大国主神社

 

 南北朝時代の正平4年(1349)に、足利直冬公が「大国」の宮村の「石見八幡宮」を氏神にするように指示されるまで、大国主神社が「大国」の氏神さんとして祀られていました。

 

 歴史は限りなく史実に近いものから、昔ばなしの空想に近いものまで種々さまざまです。

 「大国」の地名に関わる神話は、史実であるわけではありませんが、この縁起によって地方文化への関心、理解が深まればいいなと思います。      文 責(T)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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