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勝源寺墓標から見えるもの

石見銀山には述べ59名の奉行代官がいましたが、在職中に亡くなった代官も少なくありません。代官様のお墓が多く残っているのも特徴です。恐らく、江戸周辺の代官所では現地に代官の墓標が残されていることは無い事から、江戸周辺では代官は現地に居なかったのでしょう。

43番目・前澤代官墓標

 

在職中亡くなったすべてが大森で亡くなったという事ではありません。江戸で亡くなった代官もいます。という事は、石見銀山代官に名があったからと言ってすべての代官様が大森に居たというわけでは無い事が分かります。また、その逆に家族の墓標がある事から家族を連れて赴任する代官もいることが読み取られます。

次の写真は、勝源寺墓標から、40番目・大岡代官母(享年77)の墓標(右)と57番目加藤代官の弟の墓標(左)です。

加藤代官の弟の墓標(左)  と  大岡代官の母の墓標(右)

当然代官手代も在職中に亡くなる者もいたことが墓標から判明します。また、現職代官が亡くなると、代官手附は俸禄が保証されていますが、代官手代は一大事です。雇い主がいなくなることは収入がなくなるという事ですから恐らく、大急ぎで江戸に帰り次の就職口を探さねばなりません、当にリクルート活動です。

代官手代と代官様、相性もあるようで特定の代官について回る手代も居れば、雇い主の代官を次々代わる手代もいたようですし、なかには代官様を叱りつけるほどの強者もいたとか、代官も手代もいろいろ多様化があったようです。(銀)

石見銀山2代目奉行竹村丹後守道清の墓所

| 銀山 むかし語りいま語り | 00:01 | comments(0) | trackbacks(0) |
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