先日のAさんの旅行記には南蛮渡来の物や文化など興味深い話題が取り上げられています。今回は、南蛮渡来の祈りの音楽について。生月島の人達が今に伝える「オラショ」は、「かくれキリシタン」の祈りの歌と言われています。「オラショ」とは、ラテン語で「Oratio」(祈り)に由来するのだそうです。中世・ルネサンス音楽研究者の第一人者である立教大学名誉教授の皆川達夫さんが「オラショ」を聴いたとき、中世の「グレゴリオ聖歌」によく似ていることに気がついたそうです。
生月島には「らおだて」「なじょう」そして「ぐるりよざ」の三つの「オラショ」があるそうです。これらはすべて口伝えによるもので、それを詠っている人も意味はまったく分からないというのもすごいですね。皆川さんが最後まで解明できなかった「ぐるりよざ」の原曲の楽譜は、マドリッドの図書館にあったそうです。原曲を尋ね歩いた皆川さんの旅は7年も続き、その出会いは感激ひとしおだったようです。ちなみに、夢にまでみたその楽譜には「オ・グロリオザ・ドミナ(栄光の聖母よ)」と記されていたそうです。
十六世紀、イベリア半島の農村の聖歌であった「オラショ」の元歌は現地ではすでに詠われなくなりました。それが、禁教令からおよそ400年、時空を超えたユーラシア大陸の反対側の日本の小さい島で、異なった宗教の衣をまといながら、いまだに詠い継がれていることはまさに奇跡というべきでしょう。
今、「オラショ」はユーチューブで聴くことができます。まるで、御詠歌か念仏のように聞こえます。「オラショ」と並列して「グレゴリオ聖歌」を聴くことができるユーチューブもあります。この二つを並べて聴くと、音楽にはあまり縁のない、しかも無信仰である筆者でも旋律や抑揚の類似に驚くとともに、何とも不思議な感慨にとらわれてしまいます(O)。