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銀山以前は修験の山・銀峯山

伝承ですが、石見銀山「仙の山」はその名の通り「仙人の住む山」で修験の山であったそうです。

仙の山(銀峯山)

今は龍源寺間歩への遊歩道、道中にある「清水寺(セイスイジ)」は元々、「仙の山」の頂上にあったもので、推古天皇28年(620)尊隆上人が清水の山に住む楊命仙人より授かったインドの仏師「毘首羯痺(ビシュカツマ)」作の「十一面観世音菩薩」(高さ約6僉砲鯔楝困箸靴拭崚恵啝」というお寺だったそうで(後十世紀末「行基菩薩」が訪れ、高さ80冤召蠅僚衆賁夢兩げ司郢Г梁瞭發砲修譴鯒爾畤靴燭文翹楝困箸靴燭修Δ任后)

清水寺に伝わる役行者木像

また、こんな話はいかがでしょうか。7世紀後期修験の祖「役行者小角(エンノオヅノ)」が奈良の「金峯山」に対する「仙の山・銀峯山」を訪れた頃

役行者ゆかりの奈良県「金峰山」

銀山と仁摩町大国を結ぶ街道(鞆が浦街道)の谷川沿いに妖怪が現れ旅人を大きな口で一飲みにしてしまい旅人に恐れられていました。

役行者小角

その話を聞いた「役行者小角」は日暮れ近くその場所で妖怪の現れるのを待ち、やがて現れた巨大な妖怪ハンザキと夜通し激しく戦い、明け方近く役行者小角の止めの法力で妖怪を大きな岩に変えてしまいましたとさ。(銀)

役行者に岩にされたげな(されたらしい)鞆が浦街道の「ハンザキ岩」

 

| 銀山 むかし語りいま語り | 00:03 | comments(1) | trackbacks(0) |
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コメント
 お説のとおりだと思います。推古天皇や役行者の話の真偽はさて置くとしても、仙ノ山が修験の山であったことは間違いありません。

 修験者たちは行者・山伏であった訳ですが、古くは呪術師でもありました。民衆の治療、土木建築指導、探鉱に関わっていました。修験者のなかから山師が生れたともいわれています。

 仙ノ山には修験に関わったお寺があったばかりでなく、「朝日夕日伝説」(黄金伝説のようなもの)がありました。まさに、古来より銀を胚胎する霊山だと見られていました。
| iso800 | 2018/08/26 7:37 AM |
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