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岩肌がみえた銀山だった

 石見銀山が発見された約500年前は、銀山(仙ノ山)は、現在のように木々が立ち並ぶ、緑豊かな山では無かったと言われています。

 当時は、生活の熱エネルギー源として、木々は厨房や風呂焚きに使われ、木炭の生産にも活用されていました。

 遠くからは、部分的に岩肌がみえる銀山が想像できます。

 

       現在の銀山(仙ノ山)

 

    約430年前に描かれた銀山(仙ノ山)

 

 この頃は、厨房や風呂焚きの他に、銀を燃やすための熱エネルギーとして、木々は大量に使われていました。山の上に描かれているのは家並みで、木々は殆ど生えていないことが分かります。

 

 現在の夏の銀山は、緑豊かで野鳥の声とセミの声でいっぱいです。500年前の銀山は木々が少なく、今のように鳥の声は聞こえなかったかもしれません。

 山ガイドの中で、このお話しをしたとき、お客さまからご質問を受けました。「渡り鳥や留鳥が、何かの理由で銀山から全くいなくなったら、緑豊かな山は現在のまま残り続けますか?」

 いえ、残らないと思います。鳥が銀山の新緑を育て守っているからです。鳥は果実の種を運び広葉樹の林を広げます。そして、木々の葉っぱを食べつくすイモムシなど、蛾の幼虫からも木々を守っています。

 

 (社)日本林業技術協会編の文献によると、シジュウガラ1羽が1年間に食べるイモムシ(長さ2cm、太さ3mm)の量は10万頭分にもなるそうです。

 逆に、蛾の幼虫などタンパク源となる虫もいないと、鳥も春に子育てができないと言えます。

 

        銀山を山ガイドする。

 

 山ガイドを利用される殆どのお客さまが虫嫌いです。

 人にとって危険な虫もいますが多くは無害です。動植物の個体数の調整がなされ、微妙なバランスにあるのが現在の銀山の姿です。

 その観点で歩かれるともっと楽しい山歩きになります。

                   文 責(T)

| ガイドつれづれ日誌 | 00:00 | comments(1) | trackbacks(0) |
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コメント
 江戸時代、石見銀山内の山々の約8割近くが草地だったようです。これは国絵図や文書から推定されます。

 日本の各地では燃料革命や肥料革命が起こるまで生活や農耕に必要な資材の多くは周辺の山野から調達していました。石見銀山では、製錬に使う燃料や生活用の燃料である薪は、周辺の村々から行商人を通じて持ち込まれたようですが、炊き付け用の枝葉などは周辺の山野に依存していたとしても、山林の割合は小さかったと思われます。
 江戸時代の銀山内では炭焼きが禁止されていた(仲野義文、2005)ことから推定しても、木材資源を保護しようとする幕府の意図が読み取れます。また、山内には様々な物資を運搬するために相当数の牛馬がいたと推察されます。その飼料となる草資源も必要としていました。要するに、本文にあるように山の様子は今日とは大きく異なっていたということですね。
| iso800 | 2018/08/22 8:21 AM |
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