<< November 2018 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 >>

カテゴリー
最新の記事
最新のコメント
最新のトラックバック
月別の記事
リンク
サイト内検索
その他
美味しんぼ 109 (ビッグ コミックス)
美味しんぼ 109 (ビッグ コミックス) (JUGEMレビュー »)
雁屋 哲
著名なグルメ漫画に『日本全県味巡り 島根編』が登場しました。石見の食の幸も色々紹介されています

国銅〈上〉 (新潮文庫)
国銅〈上〉 (新潮文庫) (JUGEMレビュー »)
帚木 蓬生
天平の世、大仏造営の命を受けて奈良へと旅立つ青年の苦難の人生を軸に、当時の人々の生き様が素朴で力強く描かれた良書
SPONSORED LINKS
MOBILE
qrcode
<< ステンドグラス展 | main | 豊栄神社に掲揚杉登場 ? >>
百姓一揆裏話

一揆の発生する理由は色々あると思いますが、村に異変が起こり、民衆の生活が困難となりその度合いがピークになった時でしょう。

慶応2年の石東百姓一揆からその実態を見ると、事の起こりは、第二次長州討伐により諸物価が値上がり、平素の数倍から最高7倍となり、それでも地域の有力者は売り惜しみする現状がありました。

一揆は何日も前から計画され、不参加者はその後の村での生活は出来なくなります。これは、集結時村中を大声で参加しない者は後で家に火をつける、と触れ回っていることからわかります。

鳥井村はずれ「権現山」集結の図(鳥井史誌より)

参加者は、顔を煤で黒くしほっかむりをして自分が誰かという事を隠します、(後々「あいつがやった」と言われないように)また、少なくとも一日目の行動は細かく決められていました。襲撃する屋敷と襲撃しない屋敷、家人に危害を加えない事や襲撃する時間も決められていたようです。一揆は時間と共に参加者が増大します。また、一揆から密かに脱退する者もいます(一揆の参加者は変わってゆく)、この事は、一日目の襲撃された家の砂糖壺(当時は大変高価のもの)が鳥井町に残っていたことから分かります、この後延々と続く一揆にまさか砂糖壺を抱えて参加はしないでしょう、密かにお宝を抱えて帰ったものと想像できます。又この時この屋敷内で酒樽を太鼓代わりに盆踊りを踊ったと言い伝えられます(この時の口説き文句“歌詞”は今も同じ文句が唄い継がれています)。先に大田の町に矛先を向けた者、遅れて一行に向かった者の他に当初の参加者の一部は密かに一揆から抜け出て帰還した由。

一揆は、人の上下関係が逆転する場でもあります。あるところでは、一揆の参加者が主人を前に座らせ延々と、親方の平素の在り方や行いを説教し、親方は平身低頭したそうです。一揆での飲食は事欠かなかったようです。一揆の来る前に親方衆は我先と酒魚握り飯等を準備したり、時には一揆に届けます、「○○屋でございます、皆様お疲れでございましょう」といった具合に、ここでも、すんなり受けるときと逆に目の前で届けられたものをひっくり返す事もあった由。

一揆とは、民衆の憂さ晴らしでもあったのでしょうね。故に、有力者は、常日頃から地域の人に気を使わねばならなかったのでしょうね。

一揆始末の絵(鳥井史誌より)

この「石東百姓一揆」の3人の首謀者の墓は、いずれも、鳥井町の大満寺に2基と法専寺に1基あります。(銀)

一揆首謀者の墓(大田市鳥井町・大満寺)

| 銀山 むかし語りいま語り | 00:05 | comments(0) | trackbacks(0) |
スポンサーサイト
| - | 00:05 | - | - |
コメント
コメントする









この記事のトラックバックURL
http://iwami-gg.jugem.jp/trackback/3078
トラックバック