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今も続く 井戸代官法要

 526日は井戸平左衛門代官の命日です。石見銀山では

井戸神社のお祭りですが、私の町(大田市鳥井町)では、

毎年井戸公の法要が今も「心光院」で続いています。

井戸公の木像と位牌を正面に置き読経、その後はサツマイモと

香の物で井戸公を偲び感謝します。

木像は平成になって新しく作り直しました

位牌は二百数十年前のもので傷みもひどくなりました。

サツマイモが主役です

 

井戸公が石見に赴任した年は飢饉でした。

井戸公は病の身ながらも現地視察、特に被害の大きかった

鳥井村に対し税の免除をしました。

このため私の町では他の土地以上の井戸代官への思いが

強かったようです。

 実は、明治維新で廃仏毀釈により領内の井戸代官の

顕彰碑が破壊されはじめました。

それは顕彰碑に戒名が刻まれていたためでした。

これを憂いた鳥井村の当時のリーダー「宮脇玲典」が

親交のあった一宮「物部神社」の金子宮司に相談を

持ち掛け、金子宮司はその考えに賛同、出雲大社の

「千家尊福(たかとみ)宮司」(出雲大社境内に

入るとすぐ左手に銅像があります)

に井戸神社をつくることをお願いしました。

千家宮司は、東京で井戸神社設立を働きかけ

その話を耳にした「勝海舟」は

「私の先祖は物部と聞く、これも何かの縁」

ということで井戸神社の大鳥居に架かる

扁額を書いたそうです。

実物は石見銀山資料館にあり、現在鳥居に

架かる扁額は新しく作ったものです。(銀)

井戸神社鳥居に架かる扁額

勝海舟の書と云われています

 

| ガイドつれづれ日誌 | 01:00 | comments(1) | trackbacks(0) |
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コメント
 私の住む五十猛町でも井戸公の頌徳顕彰碑が少なくとも7基あります。そして、唯一(たぶん)芋法要も続いています。

 しかし、これらの顕彰碑を今や訪れる人はわずかになりました。その存在すら知らない人が増えました。偉人の記憶は永く後世に残したいものです。
| iso800 | 2018/05/27 7:44 AM |
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