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おもてなし以前

 数年ぶりで東京へ行き、山手線に乗る機会がありました。車中、目の前に車椅子に乗った中年の女性がおられました。その女性が降車する駅に着いた時、目の前で起きたことが筆者にとってサプライズでした。一般客が降りるや否や、その女性を待ち構えていた駅員さんが電車とホームの間に板状の車椅子用の通路を渡し、その女性は無事ホームに。その間なんと数秒の出来事でした。あらかじめ、その女性と駅員さんとの間に、何号車のどこの乗降車口に乗車しているという連絡を取り合っていたとしても、この手際のよさに驚きました。

 ハンディキャップを負ったお客さんに対して、好意や親切心に依存したボランティア精神ではなく、システムとして機能している現場をみて、「日本もまんざら捨てたものではないな」と感じ入った次第です。

 帰りに大田市駅に着いた時、この駅では車椅子の人は、跨線橋を越えて反対側のプラットホームに渡ることはできないという現実を目の前にして、彼此の違いに愕然としました。言葉だけの“おもてなし”以前にやるべきことは沢山あるように思いました(O)。

| ガイドつれづれ日誌 | 02:55 | comments(1) | trackbacks(0) |
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コメント
O)さんの、”もてなし”という行為の本義は、「好意や親切心に依存した」精神論(だけとは言わないまでも)では無く、「システムとして機能」させるべき社会的作用ではないか、という点に深く同意します(解釈にズレがあればご容赦ください)。

同意した上で些僅ながら異論も提出します。

この度の島根西部地震の一週間後ぐらいの時期です。
偶然、居合わせた駐車場で、四国からの来訪者夫妻から、「夫は障碍者であり自動車進入を許可して欲しい。手帳は不携帯である」旨、相談を受けて担当窓口に事情説明するよう誘導しました。
「どう見ても歩行が難儀そうだしOKだと思います。地震直後なのに遠路の来訪感謝します」などと雑談していたところ、妻と職員が自動車に戻り、手帳の不提示では許可しないと言われた事、職員も私に対し「手帳提示の条件は”上から強く言われて”おり、自己判断で勝手な期待はもたせないで欲しい」との注意を受けました。
結局は、すったもんだで許可は下りたものの、そのご夫婦に残った石見銀山遺跡の印象はいかなるものだったのか、気にかかります。

なるほど、石見銀山遺跡もバリアフリー化に全く無関心では、ありません。
トイレ、公共施設の無段差化工事、景観配慮をした最小限の手擦り設置などのハード面。
電動車椅子の配備(今でも有料でしょうか?)、電気自動車による障碍者利用の社会実験(効果や反応、方向性の開示はまだでしょうか?)などの「システムらしき」対応構築。
しかし、ハンディ・キャッパーが受け取られる、「バリアー根絶の意志」や自治体・観光当局も大好きな”おもてなし”感は、最終的にはシステム運用に係る一人一人の生身の人間の言葉遣いや態度の集積が総体として現れます。

私は職員の方に非があると考えているわけではありません。しかし、何かに怯えるように「上からの強い指示が・・」と弁明される姿には、「個の善意・親切心」や、「個の判断」が許されない雰囲気も感じます。
組織が自衛する何かとして立ち現われた時、「許さない」圧力も強く感じます。

大型連休中に、下肢装具の必要な方と間歩コースと町並みを散策しました。健常者に較べ移動に時間が懸るためガイドの会提供の有料ツアーも参加出来ません。
ご一緒して判ったのは、ありとあらゆる「階段のある遺跡」が駄目だった事です。
佐毘売山神社、竹田出雲墓蹟、観世音寺、龍昌寺廃寺跡。そして、階段ではありませんが清水谷精錬所遺跡。
下肢障碍者の方は一見健常でも、突発の”事故”の際に迅速な移動や自身の身体の支持に対応出来ないために、階段や高所にある史蹟は興味よりも恐怖心が先立って断念しがちだと言っておられました。
手擦りが設置されてあろうとなかろうと、ここでもバリアーが厳然と存在しています。

バリアフリー設備もシステム構築もまずは第一歩のような気がします。
設備を活かす気遣い(例えば階段ならその区間だけの付き添い)、システムを運用する際の、現場従事者の判断への信頼と敬意、などなど。

《ほとけ造ってしん臓入れず たろうの口にゴミの降り積む》・・
美しい日本には、確かに、なるほどと思う俚諺があります。


| どっと・かめ | 2018/05/17 11:49 AM |
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