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お代官様

 石見銀山は代官様支配の江戸幕府の直轄地ですが、一般に代官様のイメージは「“○○屋、おぬしも悪よのー”、“いえいえ、お代官様ほどでは・・・・”」のごとく悪代官のイメージですが、その実態は幕府と農民の板挟みの下級管理職で何か不祥事があれば罷免される、給料の割には激務で権限の低い大変な職務のようです。支配地で騒動でも起きるとその責任は免れませんから概ね農民寄りの政治をしていたようです。その最たるものがこの地方では「井戸平左衛門」代官であり、井戸神社を始め頌徳碑も大田市内だけでも百基ばかり存在します。その他、領内には、特定の代官様を称える話が多く残っています。

大森町にある井戸神社

大屋町菰口の天野助次郎代官と井戸平左衛門代官の碑

 

 部下には「手代」(能力のある百姓や町人から途用されるいわば定期社員のような存在)と「手付」(お目見え以下の下級幕臣・御家人で江戸後期より採用)が現地と江戸とで10名から20名程度その他下働きを含めても総勢数十名という小さな役所ですから、御用商人抜きでは運営は不可能です。因みに同程度の5万石の大名ならばその配下は、総勢千人となりますから代官所のニ十数倍の職員となります。そのため、御用商人なしで代官所の運営は不可能であり、この御用商人の存在がゆがめられ、現代の悪徳商人と悪代官のイメージを作り上げたのでしょが、その最たるものがTVや映画の「水戸黄門」でしょうね。因みに「黄門」は「中納言」のことであり「水戸光圀」だけが「黄門様」ではなく、又「前の副将軍」と云うように江戸幕府の役職に「副将軍」は存在しません。そして水戸光圀は諸国を旅したことはないようです。「水戸黄門漫遊記」娯楽としては痛快かもしれませんが、それを歴史の一部として見るのはお勧めできないですね。(銀)

| ガイドつれづれ日誌 | 03:16 | comments(1) | trackbacks(0) |
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コメント
 わかりやすい説明でした。井戸公は幕府では勘定方でしたね。今で言えば本店の係長事務取扱といったところですか。石見銀山に派遣されると出張所長みたいな地位になった。あんまり権限のない割りには、責任は思い。

 江戸時代はPax Tokugawanaと呼んだりして平和な時代だったのですが、石見銀山は銀の産出量が年々落ちるし疫病や飢饉が起こったり、幕閣と地方役人との人事の確執はあるし、代官所の運営は大変だっただろうと思います。
| iso800 | 2018/05/13 9:55 AM |
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