<< December 2017 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 >>

カテゴリー
最新の記事
最新のコメント
最新のトラックバック
月別の記事
リンク
サイト内検索
その他
美味しんぼ 109 (ビッグ コミックス)
美味しんぼ 109 (ビッグ コミックス) (JUGEMレビュー »)
雁屋 哲
著名なグルメ漫画に『日本全県味巡り 島根編』が登場しました。石見の食の幸も色々紹介されています

国銅〈上〉 (新潮文庫)
国銅〈上〉 (新潮文庫) (JUGEMレビュー »)
帚木 蓬生
天平の世、大仏造営の命を受けて奈良へと旅立つ青年の苦難の人生を軸に、当時の人々の生き様が素朴で力強く描かれた良書
SPONSORED LINKS
MOBILE
qrcode
<< 世界遺産学習サミット | main | クロージングイベント 開催しキャンペーン締めくくる! >>
未来を創る子どもたち

11月25日、第8回世界遺産学習サミット全体会議に参加しました。

「子どもたちが未来を創る」という感じがしました。

オープニングの池田小学校児童の「田植え囃子」、北三瓶っ子太鼓クラブの「三瓶こだま太鼓」はともに、子どもたちのひたむきな姿に見ていて涙が出そうでした。感動しました。

 

 

その後の児童・生徒による実践発表も素晴らしかったです。

大森小学校の発表にも感動しました。

 

 

全校児童11人が全員参加しての全校劇、調べ学習の発表は、内容も充実していて、自分たちの言葉で発表できていることに特に感心しました。

子どもたちが未来を創るという手ごたえのようなものを感じ、世界遺産学習の大切さも感じました。

子どもたちと指導さされた先生や協力されたみなさんに拍手です。(A)

 

| ガイドつれづれ日誌 | 08:13 | comments(1) | trackbacks(0) |
スポンサーサイト
| - | 08:13 | - | - |
コメント
《しらぬがホトケたち・・》

”しまねの仏(ほとけ)たち”と銘打った(いや、銘打ってないかも知れませんが)、出雲古代歴博の『島根の仏像展』が今日(12月4日)閉幕します。
ワタクシ的には、尊貌も定かで無くなった石見地方の木造仏群が印象的でした。
仏像の(殊に本邦における)受容については、ざっくりまとめると、「仏教という高度に抽象的な概念は、仏像という具象を獲得する事で、狭い地域社会の”カミ”という地位を得た」とする、本地垂迹理論の本質に関わる刺激的な論考を読んだ事があります。
最近、石見銀山の発見起源に関し、修験道や本地垂迹説との関連を指摘する講演を聴きました。石見銀山史の解明には、まだまだ「知」の総動員が必要のようです。

閑話休題。
言うまでもありませんが、「世界遺産石見銀山遺跡とその文化的景観」の評価には多様な基準があります。
遺跡を含むこの地域が世界遺産になったことで遺産学習が根付き、その事が「未来の担い手」たる子供たちの自発性や創造力を育んでいるとすれば、「素晴らしい成果」です。この一事だけでも世界遺産になった意味があるというのは言い過ぎでしょうか。

銀山遺跡評価に「観光地として」の基準があることは承知しています。貴ブログでも観光客数の前年比増減・登録後の推移・被ガイド者数の増減や推移の記事は頻出です。
気持ちは解ります。なんと言っても数字は雄弁ですし、何かを理解し分析した気にもなります。
ただ、もうそろそろ、観光客数の「数字への拘り」は観光当局や観光組織に任せて、貴会は「観光」や「入込客数字」では見えない価値にももっと焦点を当てて頂ければ銀山遺跡の「価値の転換」も起こるのでは---

そんな投稿もしてみたいと思いながら、実は躊躇っていたところ、昨日ある講演会で銀山資料館の仲野館長の講演を聴きました。

銀山領時代の銀山師や地役人の日記を元に、当時の俳諧や茶道、絵画などの文芸水準を語る、いつもながらの見事な読み解きでした。内容の醍醐味や解題は他の人の筆力に譲りますが、最後に言われた事だけ紹介します。

館長は、「銀山領の文芸一般の水準が花開いた頃、実は鉱山としての石見銀山は極度に衰微していた。大森を鉱山町としてだけ見れば、この現象は矛盾しているが歴史的事実でもある」
「観光客の減少だけを捉えて石見銀山遺跡の衰退云々を言う人がいますが、まったく関係ありません」(小生の記憶だけに基づいています。為念)

石見銀山遺跡に関しては様々なステイクホルダー(利害関係人・層)が存在します。「観光」を担う人たち、「観光」に関わる事で発言力を維持している層の存在が重要である事を否定はしませんが、特定のホルダーの主張と論理だけを優先していった時、銀山遺跡全体が袋小路に入り込んでしまっていた、との未来が待っていたとは、お釈迦様でもご存知あるめぇ・・



| どっと・かめ | 2017/12/04 9:55 AM |
コメントする









この記事のトラックバックURL
http://iwami-gg.jugem.jp/trackback/2844
トラックバック