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水が鉄をつくる

 私たち日本人は、木を伐採しても数年もすればまた元の緑の姿にもどるのが当たり前だと思っています。ところが、「街道をゆく、砂鉄のみち」(司馬遼太郎)を読むと、これは地球上ではとてつもなく恵まれた地域に限られていることが分かります。たたら製鉄の道をたどった司馬は、その起源である朝鮮半島の北部や中国の内陸部では、いったん森林を滅ぼすとその復元は容易ではないと述べています。幸い、日本の大部分は温帯モンスーン地帯に位置し、豊富な降雨量に恵まれています。司馬によれば「山そのものが、水を含んだスポンジのようになって、森林の復元力につながり、それがたたら製鉄を支え、いわば水が鉄 をつくった」と述べています。石見銀山でも、留め木や燃料のなどに森林資源は必須で、その他に、採掘の道具に多量の鉄を消費しました。司馬史観をなぞれば、「水が鉄をつくり、銀をつくった」ことになります。

 石見銀山が世界遺産に登録の際、決めての一つとなったのが「緑の鉱山」です。鉱山のイメージとして、露頭堀りや木の伐採による褐色の山肌、鉱山特有の亜硫酸ガスなどによる植物の白化などによる荒廃した景色が一般的です。それに比べて石見銀山は緑に囲まれています。ただし、これは現在の話です。では当時の石見銀山の景観はどうだったのでしょうか。石見銀山やその周辺の山々の7〜8割が農業生産に必要な草原で、森林はわずか2割程度であっただろうと推定されています。樹木が草原に入れ替わっただけで、「緑の鉱山」であったことには変わりはありません。少なくとも、前述したような荒寥とした景色ではな かったでしょう。当時の製錬に必要な木材や燃料の供給は、森林資源の適切な管理の下に行われたというより、恵まれた森林の復元力に依存し、それを目いっぱい利用していたということでしょう。むしろ、利用されないままに野生動物に場を譲った現在の鬱蒼とした森林よりは、人間の匂いのする心休まる景観だったに違いありません(O)。

| ガイドつれづれ日誌 | 01:34 | comments(2) | trackbacks(0) |
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コメント
 「水が鉄をつくった」という司馬遼太郎の言は言い得て妙です。ここで言う水は、たたら製鉄に使う燃料としての木々を養う水ですね。

 一方、「水が鉄をつくる」という別の事象を紹介しておきます。たたら製鉄が日本にもたらされる前に、褐鉄鉱による鉄がつくられていたという説があります。葦など水辺の植物の根につく「スズ」から鉄(褐鉄鉱)を採りだしてそれを農具などに利用したというものです。

 日本の古い呼称を「葦原の瑞穂国」というのは、一般的には稲がみずみずしく稔る豊かな国だという意味にとらえますが、実はそうではなく、それは文字通り葦原であって鉄がよく採れる国という意味なのだというのです。古代史研究者である真弓常忠氏が『古代の鉄と神々』(学生社2012)で述べています。ご参考まで。
| iso800 | 2017/10/05 7:44 AM |
《”排除”なる言葉大好きわがニッポン》

「多様性」という言葉が、石見銀山を語る上で、石見銀山遺跡を渡し継ぐ上で、銀山遺跡を地域に暮らすひとの為に活かす上でのキーワードではないか。この事は、私も折に触れコメント投稿して来たし、ブログ内で触れた担当記者もおられます。

ただ、「○○に関与しない人間は○○についての意見は言うな」と言う”最強ワード”も優勢です。
この定型句は俗耳に入り易く割と支持する人も多いのですが、この社会の複雑な利害、重層でかつ横断的な問題群、関係の自己増殖的拡がり、を無視して独りよがりで「気分が良くなる」麻薬的な効果も包含します。

閑話休題。
「砂鉄のみち」で司馬遼太郎が展開したロジックは、
冶金には膨大な熱量が必要→燃料の主力は薪炭であり木材(鉄は樹木が生んだ?)→豊富な樹木の涵養は東アジアモンスーンでもたらされる「水」に負う。
と、こう言う事でしょう。

浅学を承知で(ガイドの会的には、門外漢が専門的なことに口を挟むな、と言われるかも・・)言えば、司馬が見落とした「水」の果たした役割に「砂鉄そのものの生成への関与」もあるような気もします。
磁鉄鉱を含む花崗岩の風化には長い時間と共に、太陽熱による温度変化・雨水などによる化学変化も必要でしょう。真砂(まさ)砂鉄を風化花崗岩から取り出す作業の「鉄穴(かんな)流し」が大量の水を要した事は言わずもがなです。

さて、その水です。

地球温暖化と降雨量増加の相関は明らかですが、降雨がもたらす流域河川の再整備や流量管理対策は万全なのでしょうか。
石見銀山に関して言えば、最近の銀山川の洪水禍は増えている気がします。急傾斜地の土砂災害もしかり。
鉱山遺跡の大半は自然環境にあります。遺跡そのものを根本から破壊しかねない脅威への調査や検討はなされているのでしょうか。

(O)さんが言われるように、江戸時代の人々は「森林(自然環境全般)の復元力に依存し、目いっぱい利用していた」訳で、それは「知恵」と言い換えてもいい。
科学的知識も技術も手に入れた現代の我々に欠けているのは「知恵」であって、その表れが山野の荒廃だとしたら、事は深刻です。
それと、言っとくけど、「知恵」を担保するのは「多様な衆知」なんだけどなあ・・

先日、銀山を散策していたら山吹城登山口近くの木槿がまだ花をつけていました。名残りの花です。

木槿は韓国では国民花のようですが、国境に拘わる必要などなく、朝鮮半島全般に暮らす人々に根差した「国花」と私は理解しています。
今、隣国を揶揄し、その北にある同民族の国を誹り貶し憎悪を煽る事を特にテレビの中では「娯楽」にまでしている現実があります。
石見銀山に灰吹法を伝えた彼の邦(くに)の人たちと、今、咲き誇る白木槿が関係あるとは言いませんが、「他国理解」しか戦争防止の道は無いと宣言したユネスコの理念を今一度思い起こします。

花片に結露した露はいずれ集まり水滴となり果ては川の流れとなり得ます。

底紅の露玉となる朝まだき  
ムグンファ(無窮花)の語の美(うるは)しく朝に咲け 亀鳴

底闇こそ香りの高かった木犀もすべて散ったようです。

木犀花闇の深さを引き受けて  亀鳴



| どっと・かめ | 2017/10/05 10:56 AM |
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