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石見銀山とサツマイモ
 石見銀山周辺ではサツマイモの栽培が盛んです。味覚
の秋を向かえ、私の畑
では収穫の時期を迎えています。
 今回は石見銀山とサツマイモの関わりについ
て紹介させ
いいただきます。


我が家のサツマイモ  りっぱにできました。

 享保16年、井戸平左衛門正明は石見銀山領第19代代官
として着任した。
翌年の享保17年、いわゆる享保の大飢饉
といわれこの地方は大変な大凶作に
見舞われ作物ができ
ませんでした。領民は飢えと飢餓に苦しんだといいます。


やさしい顔の井戸平左衛門

サツマイモを知るきっかけの栄泉寺
 
 井戸代官はこの惨状を見て、公税の減免、幕府の許可を
待つことなく代官所の蔵を開け米を与えるなどの救済処置
を取り領民を救ったんですね。私の住んでいる市内鳥井町
(当時は鳥井村)はその年の年貢米を「此の取米なし」とし
て免除されました。こんな苦しい時代があったんですね。


 その救済処置のひとつの方策として、薩摩からサツマイモ
60kgを持ち帰らせ、試行錯誤の結果、栽培に成功して領民
を飢餓から守りました。

 
 領民から「いも代官」「いも殿様」として慕われ中国地方各
地に約
500基もの頌徳碑が作られ、私たちの住んでいる大
田市には約
100基が確認されています。


井戸神社境内の頌徳碑


井戸神社 

 大田市大森町の井戸神社では11月、秋の収穫祭が開催
され井戸平左衛門正明代官の功績を称えています。

 
 私の子どもの頃は、学校から帰りおやつとしてふかし芋、
落ち葉を拾い集めて焼き芋したもんです。銀山周辺では、
サツマイモ堀りのイベントも計画されています。美味しいサ
ツマイモを収穫して井戸公に感謝しましょう。 (S)
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