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広島で 世界遺産 石見銀山 特別講座 開催されます。

 日曜日の銀山通信にて「毛利氏の銀山支配」について、(銀)さんによるわかりやすい解説がありました。

さらに毛利氏についてひも解く講演会が広島で予定されています。

8月25日(土)広島県中国新聞ホールを会場として石見銀山資料館館長仲野義文氏を講師として「石見銀山の開発とその時代」の講演があります。参加されませんか!

特別講座の副題として「奪い合う石見銀山」です。

 

 大航海時代石見銀山で産出された大量の銀は世界の経済や文化の交流に大きな影響を及ぼしました。一方、国内では戦国から江戸にあたるこの時代、石見銀山を支配すべく、時の権力者たちが争奪戦を繰り広げたことは有名ですよね。ガイドの皆さん仲野先生のお話を聞いてみましょう。

 

更に、この特別講座は、第2講として9月9日(日)には「毛利氏と石見銀山」と題して島根大学教育学部教授 長谷川博史氏の講演も予定されています。

 

この講座の開催時間は、いす゛れの日も午後1時受付、開演は午後1時半です。

会場は中国新聞ホール(広島平和公園の近く)です。

広島県中区土橋町7-1 中国新聞ビル7階。  (S)

 

 

 

| ガイドつれづれ日誌 | 03:12 | comments(0) | trackbacks(0) |
毛利氏の銀山支配

永禄3年(1560)「正親町天皇(オオギマチテンノウ)」は即位3年目にしてやっと即位式ができました。それは毛利元就の献上した石見銀によるものでした。

正親町天皇の即位式用に納められた「御取納丁銀」(レプリカ)

さらに永禄5年(15626月毛利元就は石見銀山を完全掌握すると、その年朝廷に丁銀を献上自らは銀山の代官になる事を申し出ています。石見銀山の所有者が朝廷で管理するのが毛利氏としたのです。つまり、石見銀山の所有権を確実なものにしようとしたのでしょう。豊臣秀吉は全国の金銀山を「天下の御山」という事で掌握するが、石見銀山には手が出なかったようです。一説には石見銀山は豊臣と毛利の共同経営とも云われるがそのような事実はないようです。石見新銀山の銀は確かに秀吉の下に出されていますがこれは石見銀山以外の銀山です(例えば久喜・大林銀山等)。

久喜銀山(島根県邑智郡邑南町)

元就は自分の側近(平佐・林)両名に石見銀山の管理を命じましたが、彼らが直接現地に赴いたわけでは有りません。現地には彼らの指示を受けた銀山支配代行役人がいたようです。天正9年(1581)に銀山から毛利氏に3652枚の銀が納められた記録がありますが、その中には毛利への御公用分の他に銀山下河原の、生田・服部への給金が含まれていることから、この二名が当初の現地役人であったと思われます。服部氏は尼子時代もその名があり、尼子、毛利の双方の領有下で銀山支配に関わったと推測できます。その後毛利氏の銀山支配は整備され、銀山6人衆を現地役人とし彼らに銀山及び温泉津の徴税責任を負わせます。慶長4年(1599)毛利氏中枢の「佐世元嘉」がこの6人に送った書状では、銀山及び温泉津の運上(税金)額が銀3万枚とされ、内2万8千枚は例え不足が生じても6人の連帯責任で納入するよう命じています。6人の中には徳川時代、大久保長安の下で佐渡金銀山等で活躍した吉岡と宗岡もいて、彼らは当時鉱山経営者でもあったのです。思えば、大久保長安の人材登用術半端ないですね。(銀)

リニューアルされた「宗岡家」

 

| ガイドつれづれ日誌 | 00:20 | comments(0) | trackbacks(0) |
山勘

昔、銀山を見つける仕事をした人を山師と言いました。

山師たちは遠くから山を見て銀山を探しました。(目星を付ける、当たりを付ける)

銀山なら、「龍が天にかけ上るように銀色の光が出る」のだそうです。

それを見つけた山師たちは、山に入り、銀の指標植物なども頼りに銀鉱脈をさがしたことでしょう。

うまく見つかれば「やった!俺の勘が当たった!」(山勘)「一山当てた!」と喜んだことでしょう。

そういう話をよくお客様にします。

 

   仙ノ山も龍が天にかけ上っていたのでしょうか 

 

先日この話をしたとき、「じゃあ、山を張る、山分けも」山師に関係する言葉ですか?と質問を受けました。

山分けは違うようですが、「山を張る」は該当します。

賭け事でお金を張るといいますが、山師たちも「目星を付けた」山が銀山かどうか確認するために多額な資金を投入しなければなりませんでした。そこから「山を張る」(山に張る)と言う言葉が生まれたようです。

 

  郵便局前の蕎麦の花が増えてきました

 

昨日(17日)は、これまでの酷暑と変わって、風もありしのぎよい一日でした。秋の気配すら感じました。(A)

| ガイドつれづれ日誌 | 05:17 | comments(1) | trackbacks(0) |
お客様との電話応対から・・・・

  15日、お盆の石見銀山はたいそう賑わいました。暑さも一時期の猛暑も落ち着いたとはいっても30℃。ときどき雷雨に見舞われ天気不順の1日でした。それでも「随分と楽になったなぁ」とガイドが終えてからのガイドの声が印象的でした。事務所当番日、お茶づくりも仕事の内、黒豆番茶も好評です。また熱中症予防にもいいとか。ガイドが終えての冷茶サービスに皆さんから「ありがとう」のことば。うれしいですねぇ。みんな一生懸命頑張っていますから・・・・

お盆の15日、多くのお客様がワンコインガイドに参加

 

同日、愛知県から来訪のお客様から、電話応対で、「親切で分かりやすい対応でありがとうございました。石見銀山へのいい旅ができました」とお礼のことばをいただきました。電話応対ではいろいろなケースがありますよね。気持ちが伝わらず誤解をうけるケースもあります。それでも相手の気持ちになってお話することに徹します。また、事務所前でも訪れたお客様とよく話をさせていただきます。ちょっとした話題ですがね。そこからお客様のほしい情報を聞き出せることもあります。会話から情報提供もできますから・・・

 

これからもお客様目線での私なりのサービスを行っていこうと思います。(S)

| ガイドつれづれ日誌 | 02:29 | comments(0) | trackbacks(0) |
人力車と青年車夫

 猛暑日が続き、石見銀山のある大田市の気温が37.5℃を記録した7月末のことです。駐車場の車もまばらの中、「日本一周」の手描きボードを掲げたオートバイの青年が駐車場に下り立ちました。「ガイドと一緒にあるきませんか?」と声をかけると、「実は僕も京都の嵐山でガイドしているんです」ということで話がはずみました。

 

  この青年、人力車を引きながらガイドする人でした。お客さんの大部分は、観光というより人力車に乗って写真を撮り、SNSで流す、といういわゆる“インスタ映え”を目的に利用するのだのそうです。筆者の頭の中での車夫といえば、昭和の名俳優である三船敏郎が演ずる無法松の粋(いき)なイメージがあります。今の車夫さんは、お客さんと一緒に写る被写体の対象ですので、この青年と同じように長身かつイケメンが主流なようです。粋というより爽(さわやか)なイメージですね。人力車が配置されている観光地には、どこでも人気の車夫さんがおられるようです。

 

石見銀山で活躍のペロタクシー

 

  最近、どこかのテレビ局では、キムタクと名乗る車夫さんが出没しているのを見たことがあります。銀山公園にも、人力車ではありませんがベロタクシーを運転するたくましいイケメン運転手がおられます。この暑さで体力にあまり自信のない方、是非ご利用下さい。この青年車夫さん、すでに大森の町並みを歩いたらしく「京都の町並は、昔の良いところがどんどん失われています。その点、この町並みは何も損なわれずそのまま残っている素晴らしいところです」という一言を残し、次の目的地に向かいました(O)。

| ガイドつれづれ日誌 | 02:13 | comments(0) | trackbacks(0) |
五感体操を取り入れて

 「石見銀山ガイドの会」では、石見銀山の仙ノ山(537m)や要害山(414m)を初め、国立公園・三瓶山(1126m)などの山ガイドを行っています。

 登山する前の準備体操は必須です。準備体操はストレッチ体操が基本ですが、それに加えて、状況によっては五感を使った体操を取り入れてもいいかもしれません。

 

      東側から見た銀山・仙ノ山

 

       山城跡がある要害山

 

       仙ノ山から見た三瓶山

 

 五感体操の一部をご紹介したいと思います。

 

 体操ができる間隔をとって下さい。

 深呼吸をします。空気が美味しいです。

 からだの中に、きれいな空気がいっぱい入りました。

 

 かるく目をつぶって下さい。  

 目をつぶったまま、太陽の方向を向いてみましょう。

 まぶたに赤い光を感じて、太陽の方向が分かります。

 

 風の方向を感じましょう。

 目をつぶったまま、風の方向に向いてみましょう。

 

 今度は、目をつぶったまま音の方向を指さしましょう。

 目をつぶったまま、匂いのする方向を指さしましょう。

 

 などなど、五感を使って、日ごろ忘れている感覚を、ほんの少し、目覚めさせて出発します。ストレッチに、この五感体操を加えることで、登山中の集中力や注意力が高まると思うからです。

 安全第一を心がけるため、折りに触れて実践するのも一つの方法です。          文 責(T)

 

 

| ガイドつれづれ日誌 | 00:00 | comments(0) | trackbacks(0) |
ムクゲとサルスベリ

酷暑に負けず、ムクゲとサルスベリが咲いていますので、お客様にもご覧いただいています。

ムクゲもサルスベリもいろんな色の花があるのがおもしろいです。

ムクゲは木槿と書くことが知られていますが、俳句では底紅と言うのだそうです。

底紅の紅あせぬま花終へし   稲畑 汀子

 

底紅や牛の眉とてまなことて   中島 陽華

 

人老いぬ百日紅の紅うすれ   中島 徳子

 

 

さるすべりしろばなちらす夢違い   飯島 晴子

 

 

百顔に百の笑みあり百日紅   小澤 克己

 

お盆で、たくさんの方がおいでくださっています。

今日も、37度越えの予報です。

くれぐれも、体調に気をつけていただきたいです。(A)

| ガイドつれづれ日誌 | 06:52 | comments(1) | trackbacks(0) |
今日の石見銀山の様子 

  12日、お盆も間近というのに昼には35℃(事務所軒下)の猛暑となった石見銀山には、お盆で帰省の家族連れなどで混雑しました。銀山公園は終日満車状態が続きました。また土日運行の「らとちゃんバス」も16人のお客様の利用がありました。

銀山公園駐車場も終日満車でした。

バス停からのお客様の移動の様子

事務所前の混雑の様子

午前の定時ワンコインガイドの様子

  このような状況のなか、午前の定時ワンコインツアーには多くのお客さまで賑わいました。また、この暑さの中、無料休憩所となっている渡辺家住宅には100名をこえるお客様の利用がありました。一方、大久保間歩ツアーは気温及び湿度の上昇から暑さ指数が31度を超えたため一部の便でツアーの軽減が図られました。(S)

 

| ガイドつれづれ日誌 | 02:37 | comments(0) | trackbacks(0) |
石見銀山・一番長く居たお奉行様

石見銀山には江戸期述べ59名のお奉行・御代官様が在籍しました。その中で最も長く在席したのが、二番目のお奉行様、「竹村丹後守道清」です。奉行としては22年と最も長く、銀山付役人時代を含めるとなんと30年以上石見銀山に居たことになります。

本能寺の変(明智光秀の謀反で信長死亡)を境に家康の家臣となり、初代奉行「大久保石見守長安」の元、「吉岡出雲」「宗岡佐渡」等と共に銀山開発の重要な地位にいたと思われます。

長安の死後彼の身内関係者の多くは粛清されたといわれますが、長安の死後も活躍した人もいたのですね。

大久保長安が建立したといわれる「大安寺跡」

「竹村道清」は「大久保長安」の銀山開発手法を引き継ぎ長安の行った公費による水抜き抗の開発を更におし進め、龍源寺間歩等大谷筋の各間歩からの産銀を推し進めました。一方「道清」は奉行就任初期に十名余りの地役人を新規採用しています。これは、当時行われていた領内の検地(税収入の元となる)等自身の政策を推し進め前任の大久保色を薄める効果があったと思われます。

「勝源寺」「竹村丹後守道清の墓所」

「道清」は寛永12年(1635)石見銀山で没し墓は代官所裏の「勝源寺」(長安・道清ゆかりの寺)にあります。その後を継いだ道清の子「竹村籐兵衛」は僅か1年足らずで没し、石見銀山は当時の松江藩主京極若狭守忠高に預けられます。

国宝・松江城

後「杉田九郎兵衛奉行」へと引き継がれました。因みにこの人物も「大久保長安」の部下であったそうです。(銀)

石見銀山・浄土宗・勝源寺

 

| ガイドつれづれ日誌 | 00:05 | comments(0) | trackbacks(0) |
ご注意ください

高橋家を過ぎて龍源寺間歩に向かう左手の銀山川に、イノシシの子どもが横たわっていました。

8月6日のことです。しばらくすると姿は見えなくなりました。

上の写真の右側に間歩がありますが、その入り口の右側にイノシシの子どもを見かけました。

8月8日のことです。6日と同じイノシシかもしれません。

8月7日、8日と連続でサルの群れが、新切間歩付近に現れました。

大森小学校の地域農園もサルが入り込んでサツマイモの畑を荒らしました。

 

酷暑で汗をかかれるお客様にアブがついて回っています。

8月10日は、アブにかまれたお客様が気分が悪くなられて病院に行かれました。

 

自然豊かなところですので、動物、昆虫などと遭遇は避けられません。

くれぐれもご注意ください。(A)

| ガイドつれづれ日誌 | 05:34 | comments(0) | trackbacks(0) |
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