<< May 2017 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 >>

カテゴリー
最新の記事
最新のコメント
最新のトラックバック
月別の記事
リンク
サイト内検索
その他
美味しんぼ 109 (ビッグ コミックス)
美味しんぼ 109 (ビッグ コミックス) (JUGEMレビュー »)
雁屋 哲
著名なグルメ漫画に『日本全県味巡り 島根編』が登場しました。石見の食の幸も色々紹介されています

国銅〈上〉 (新潮文庫)
国銅〈上〉 (新潮文庫) (JUGEMレビュー »)
帚木 蓬生
天平の世、大仏造営の命を受けて奈良へと旅立つ青年の苦難の人生を軸に、当時の人々の生き様が素朴で力強く描かれた良書
SPONSORED LINKS
MOBILE
qrcode
【速報】石見銀山が舞台のハリウッド映画、日本公開へ


石見銀山を舞台とするハリウッド映画『未知との遭遇X』(原題『we are not alone』)の日本公開が決定し、宣伝用ポスターとパンフレットが一般公開された(写真)。
これによれば、監督は数々のアカデミー賞作品を手がけた名監督。主役はオーディションで選ばれた大田市出身のベテラン俳優が務め、主題歌には米国大物歌手を起用したという。最新CG技術も駆使された。総製作費53億ドル。
 
あらすじの一部を紹介する;
「世界遺産・石見銀山を観光中のグループが龍源寺間歩の中で忽然と姿を消し、まったく同時期に佐渡金山の坑道の中に現れるという不思議な事件が起こった。また大久保間歩の中で行方不明になったガイドツアーが愛媛の別子銅山で発見されたという事件も。
ちょうどそのころ仙ノ山の石銀地区で銀色の発光体=UFOが飛び交うのを見たという目撃情報も相次いでいた。
謎を解明すべく地元ガイドが関係当局に訴えるが、観光客の減少を恐れる当局は、かん口令を敷いて事件をひた隠しにしようとする。そこでガイドたちが独自調査に乗り出した。一連の出来事のカギを握るのは仙ノ山だと確信したガイドたちが仙ノ山で出会った驚くべき「彼ら」の正体とは…」
 
この映画は2041年度の全米興行収入SF部門で第1位となり、各専門誌で「あの名画の再来!」などと絶賛された。監督自身も「イワミギンザンの話を聞いてすぐストーリーが思い浮かんだのさ。久々にエキサイティングな撮影だったよ」と語っている。
 
撮影は極秘裏に行われたため、日本国内はもとより地元の大田市でもごく一部を除いて知られていなかったが、米国在住の日本人の間で話題を呼び、AF通信社などが交渉に当たり、今回の日本公開に至った。
地元関係者は「実際のところ石見銀山は多くの謎を秘めたミステリアスな遺跡。SF好きもそうでない人もぜひこの映画を観て関心を深めてほしい」と語っている。
<AF通信記事より引用>
| その他 | 08:25 | comments(0) | trackbacks(0) |
【速報】波根の干拓地でナウマンゾウの化石を発掘
地元の消息筋によれば、大田市波根町で地質調査を行っていた石見県立大学史学科の調査団が、ナウマンゾウのものとみられる糞の化石を複数発見した。

場所は旧波根湖の久手干拓地の海側近く。調査団のメンバーが異様な形の石に気付いたという。大きさは約8〜10センチで、完全に石化しつつもほぼ糞の原形をとどめている。

ナウマンゾウはおよそ65万―42万年前に出現し、約2万年前の後期旧石器時代に絶滅したとされるゾウの一種。現在のアジアゾウの近縁であるが肩高3m弱とかなり小型。
調査団によれば「当時は現在より海面が低く、日本列島とアジア大陸とは陸続きだったとされるので、波根湖周辺にナウマンゾウが生息していたとしてもまったく不思議ではない」。1962年には長野県野尻湖、1976年には東京地下鉄工事現場で牙や骨の化石が発見されるなど、日本各地でナウマンゾウの生息を示す証拠が発掘されている。ただし糞石が見つかった例は全国的にも珍しい。

調査団はさらに、石見銀山第30代代官・川崎平右衛門とナウマンゾウの関わりにも深い関心を示している。
平右衛門は宝暦12年(1762年)に着任するとまもなく、波根湖の干拓を強力に推し進めたことで知られるが、もと武蔵国多摩郡押立村(現・東京都府中市)の名主の出身で、享保17年(1732年)に象洞という薬の発売を出願許可されている。

※享保撰要類集 「象洞」「平右衛門」の名が見える

象洞とはベトナムから輸入された象の糞を乾燥させて作った丸薬のこと。県内の歴史研究者によれば「平右衛門はナウマンゾウについて何らかの情報を得ていた可能性が高い。波根湖の干拓を急いだのは、石見銀山領でナウマンゾウの糞を『熟成象洞薬』として売り出すためではなかったか」という。

ナウマンゾウの糞石と石見銀山との関わりについては年内にも本格的な調査が開始される予定。商工合議所では「ナウマンゾウの郷 としてぜひ積極的にPRしたい」と象洞クッキーなどの開発も視野に入れている。
【AF通信】
| その他 | 09:31 | comments(0) | trackbacks(0) |
【速報】古港・沖泊で巨大タコの目撃情報あいつぐ
沖泊の巨大タコ 消息筋によると、温泉津町沖泊港(島根県大田市)で3月下旬から巨大タコの目撃情報が相次いでいる。
2013年3月27日撮影
 地元の目撃者の証言によれば「港付近を散歩していたら沖のほうで材木のようなものが浮かんでいるのが見えた。吸盤があってタコだと分かった」という。
 また家族とドライブで立ち寄ったという40代会社員は「突然に波が起こって何だろうと話していたらタコの頭だった。大型トラックぐらいの大きさがあった」と語った。
 海洋学に詳しい識者によれば「全長およそ20mのマダコ類と推定される。地球温暖化の影響で生態系に異変が生じたためではないか。世界的にも珍しいケース」という。
 沖泊港はリアス式海岸。波が静かで海が深く大型船の出入りがしやすいこともあって、16世紀には世界遺産・石見銀山の銀の積み出し港としておおいに栄えた場所。タコが捕食する魚介類も豊富に生息しており、潮の関係で入り込んだ可能性がある。
 大田の地元では「タコウォッチングツアーを企画したり『温泉茹でダコ』を売り出すなど観光振興につなげたい」と期待の声があがっている。(4月1日、af通信)



続報:上記はaf通信=april fool通信によるウソ誤報でした。お詫びして撤回します(4月2日)
| その他 | 10:06 | comments(3) | trackbacks(0) |
第六回 石見銀山文化賞 受賞者決定!

15世紀に始まったいわゆる大航海時代、ポルトガルやスペインといった国々が富と名声を求めて航海に乗り出しました。そして日本へ---!

アズレージョ船
(18世紀製 アズレージョ=ポルトガルのタイル画=より)


アジアとヨーロッパの交易を支える存在が日本の銀であったことはよく知られています。確かな記録はないものの、当時、石見銀山から産出された銀がその多くを担っていたのは間違いないでしょう。日本そして石見銀山は、銀を通じて、世界とつながっていたのでした。

そんな南蛮とのゆかりをテーマに独自の音楽活動を行ってきたアコースティック・ユニット『マリオネット』さんがこのたび、「第六回 石見銀山文化賞 特別文化賞」を受賞されることになりました。

マリオネット演奏 
2012年11月11日フォーラム「石見銀山とポルトガルのゆかりを訪ねて」にて
(サンレディー大田、主催:石見銀山とポルトガルを結ぶ会)

表彰式は6月22日(土)に「なかむら館」にて開催されるそうです。


マリオネットイメージ

このマリオネットさんの演奏は、インターネットの動画サイト
「You Tube」でも視聴することができます。

南蛮渡来
http://www.youtube.com/watch?v=s4BHEy_-xlc

コインブラ〜ポルトガルの4月
http://www.youtube.com/watch?v=ViIAy1fgKlY

************************

石見銀山文化賞についての情報はこちら(中村ブレイス株式会社
http://www.nakamura-brace.co.jp/index.html

| その他 | 22:00 | comments(1) | trackbacks(0) |
【速報】仙ノ山で恐竜の足跡!?

dinosaur1 消息筋によれば、石見銀山史跡(島根県大田市)の中心部でありかつて銀採掘が盛んに行われた仙ノ山(標高537m)の頂上近くで、恐竜の足跡ではないかと見られる痕跡が発見された。
 足跡は縦が約29cm、横が約23cmで、三本の指の跡がくっきりと残っている。写真を鑑定した識者の話によれば「これだけでは明確には分からないが、白亜紀後期に生息した鳥脚類ハドロサウルス類の恐竜ではないか」という。
 日本ではこれまでも各地でハドロサウルス類やイグアノドン類などの化石や足跡が見つかっているが、同県内ではまだ例がない。恐竜の足跡と鑑定されれば古代生物の生態を知るdinsaur2とともに大陸移動説の検証にも通じる極めて貴重な資料となる。
地元では「1526年の神屋寿禎の銀山発見にも勝る一大発見。恐竜饅頭や恐竜せんべいなどの販売も良いのでは」と町興し効果に期待を寄せている。(4月1日、af通信)







続報:上記はaf通信=april fool 通信によるウソ誤報でした。お詫びして撤回します(4月2日)

| その他 | 13:15 | comments(0) | trackbacks(0) |
ガイドの会研修旅行日記〜遊歩百選の町勝山町
2月5日。柵原町をあとにして、岡山県真庭市勝山町へ向かいました。
まずは、郷宿にて昼食。あつあつの手打ちそばが美味しい!
 
これから街並み散策です。
行ってみたい、歩いてみたい、日本の百か所「遊歩百選の町」です。楽しみだなあ。


「うえのだん」とは面白いですね。上の壇にも寺院や民家などたくさんありました。



まるで江戸時代にタイムスリップしたような街です。


意匠をこらしたのれんが楽しい。
のれんの陰から、そのお宅にお住まいの方々のお姿が見えるようです。


幻想的ですね。


何やさんでしょう。


資料館の玄関にも、もちろん「のれん」


これは何やさんでしょう。あれ、運転席に誰か?


近寄ってみて、びっくり! イノシシ君が運転席に!


のれんにかわって、こんな南天のくす玉?飾りの店もありました。


缶ビールでワッショイ! というとこでしょうか。


有名な「御前酒」酒店。

御前酒をたくさん買いました。大根の味噌漬けも美味しかったです。


トイレだって、この通り。


アップするとこの通り。まあ、おしゃれなトイレですねえ。


玄関横に「駒つなぎ」がまだ埋め込まれていました。


うだつを見て歩くのも楽しい。


素敵な鏝絵です。


勝山といえば、昔から材木の町。高瀬船の船着場があちこちにありました。
また、川沿いの家々からは、川原に降りる石段がつくってありました。


城下町のたたずまいを色濃く残す勝山の街並みは、のれんがかなでるハーモニーで一層楽しく歩くことができました。





| その他 | 23:40 | comments(0) | trackbacks(0) |
ガイドの会研修旅行日記〜柵原鉱山
生野銀山見学の翌日、2月5日柵原鉱山見学に行きました。

戦国時代から江戸時代初期にかけて、森忠政が津山城を築城中、石材も集めていた時、褐鉄鉱をが地表に現れているのを発見した、それが柵原鉱山の始まりと言われています。
その後、
1882年(明治15)地元の福田利平氏が硫化鉄鉱の露頭を発見。
1916年(大正5)藤田組が鉱区を買い取って、柵原鉱山と命名しました。そして、
1929年(大正9)から本各的な生産が始まりました。
1923年(大正12)には、鉱石を運ぶ為の、索道(ロープウエイ)が完成。
1931年(昭和6)には柵原〜片上間(およそ34km)鉄道が開通しました。

1953年(昭和28)頃〜1962年(昭和36)頃まで、柵原鉱山は最盛期でした。
鉱山の社宅約1000戸、従業員2569人(昭和35年)を記録しています。

1916年(大正5)〜1991年(平成3)までの75年間に約2670トンの鉱石を掘り出し、閉坑となりました。

鉱山入口です。ヘルメット着用。


中は迷路のようで、案内してくださる方がおられないと、どこへ迷い込むかわかりません。


固い岩盤の下を進みました。


鑿岩機の跡です。


夏冬温度変化の少ない坑内では、食品の貯蔵も。
これはブルーベリーが保存されているたるです。


なんとお酒も。


苗木の育成も。


きのこ栽培も。


今日はきのこ狩りの日。プラスチックの皿とハサミを借りて、皿に入るだけのきのこを取ってもよいのです。皿1枚に付き200円。


この通り。活きのよいきのこを採取しました。話と共にお土産です。


なんと坑道の中に、こんな所が。



このような看板がありました。


中に入ってみますと、

トレーニングマシーンがずらりと。

早速挑戦。


よーいドン! 走路約42m。



ここでは、低酸素条件下の高所トレーニングを行い、効果をあげているそうです。
有森裕子さんのサインがありました。


外に出て、街を眺めました。あそこには劇場、こちらには住宅と説明を聞きながら、繁栄当時を思い描きました。



柵原鉱山資料館も見学しました。


館内に展示してある鉱石。

柵原鉱山では、良質の硫化鉄鉱がたくさん産出し、硫酸がたくさんつくられました。それは、肥料用や工業用に使われました。
しかし、1965年(昭和40)頃から、重化学工業が発達し、石油を大量輸入するようになり、石油の中から硫黄を取り出し、硫酸を安く製造するようになりました。
柵原鉱山では困りました。
そこで、鉄資源を見直し、鉄粉の生産も行われるようになったそうです。
硫黄はたくさんあるけど売れません。結局閉山となりました。

昔の坑道模型図です。


鉱山資料館前の「柵原ふれあい公園」にある高瀬舟


片上鉄道が開通するまでは、鉱石は高瀬船で運ばれていました。

もつい(手にはくわらじ)


説明板によりますと、
柵原から吉井川を下り、岡山の犬島精錬所まで鉱石を運んでいた頃のことです。
帰りは、高瀬船を岡山市の九播港から吉井川を遡って高瀬川を引き上げていたそうです。その時は、人夫は四つん這いになり、人力で船を引き上げていたそうです。
腰と高瀬舟とはロープでつなぎ、足にはわらじ、手には「もつい」をはめて、30人で4日かけて、柵原まで高瀬舟を引き上げていrたそうです。

高瀬舟は、大正6年〜昭和6年まで鉱石を運搬手段として、活躍していたそうです。
全長14.5m、12.5tの鉱石を積載していたそうです。

すぐ近くの吉ケ原駅在住、人気者「駅長猫コトラ」ちゃんは只今お昼寝中でした。


柵原鉱山の残っている施設や片上鉄道吉ケ原駅舎など、岡山県の近代遺産に指定されています。
| その他 | 23:30 | comments(0) | trackbacks(0) |
雪の山吹城跡登山〜その2
2月21日の山吹城跡本丸跡は積雪30cmぐらいでした。


本丸跡から北を眺める。向こうに見えるのは馬路の高山です。
高山の稜線左方を降りた地を銀山街道は通っています。
銀鉱石を運んだと言われている街道です。


下方に見えるのは大森の街並みです。


中央少し左寄りに浮かんでいる島辺りからは、こちらの方向、山吹城や仙ノ山石銀地区が見えます。
神屋寿亭が、山が光って見えたというのなら、この島あたりからでしょうか。



「 いきはよいよい帰りは怖い」まさに。降りていく雪の階段です。
手前の黒い点々は、「テン」の糞。


一歩一歩また一歩。滑ったら一気に下までです。慎重に、慎重に。


山吹城跡からの下山は上りと同じように時間がかかりました。


下では、にゃんこちゃんが雪中パトロール中。
まあ、いささか冷たいわねえ。


お客様、大丈夫かしら。転ばないよう気をつけて!
| その他 | 22:15 | comments(0) | trackbacks(0) |
雪の山吹城跡登山
2月21日、銀山公園から龍源寺間歩までの野鳥観察を終え、山吹城跡へ登りました。
まるで、雪中行軍だなと言いながら。

雪で折れたり曲がったりした竹の下をくぐって歩きました。



まあ、こんなところにシイタケが。


イノシシの道普請?あちこちで見かけました。
冬場とて餌探しに苦労しているのでしょう。


牛の首峠のお地蔵様。
このまま峠を降りていけば、鞆ヶ浦道を通って、鞆ケ浦へ行くことができます。銀鉱石を運んだ、世界遺産の道です。


牛の首峠で一休み後、道を左にとって山吹城跡頂上へと向かいました。
難儀なのは急峻な617段の石段です。雪で滑りそうな上に、時々ガクガクした石段。後方を振り返ると逆さまに落ちそう。
一歩一歩踏みしめて登りました。


石段の途中に立つ木。誰もがこの木に声をかけて登りました。


 

根っこもです。


色々な種類の動物の足跡らしいものが見つかりました。


これはテンの糞でしょうか。あちこちで見つけました。足跡もたくさん見かけました。




テンの巣穴のようです。大きな木の根っこの下にありました。



山吹城跡頂上はもうすぐです。


(つづく)

「お願い」山吹城跡(要害山)は標高414mの低い山ですが、積雪時は、道ではない所にも雪が積もっていたり、すべりやすい石段など、危険な箇所もあります。登山なさる方は、様子をよく知っている方と行動なさいますようお願いします。
| その他 | 23:08 | comments(0) | trackbacks(0) |
石見銀山・野鳥観察だより(2)
2月21日(火)雪を踏んで野鳥の観察にでかけました。
今回も石見銀山公園〜龍源寺間歩まで歩きました。

朝7時。寒い中を鳥たちはもう活動を始めていました。
まず聞こえてきたのは、ピューピューと青ゲラの声。
続いて、デデッポーデデッポーとキジバト。

続いてツーピーツーピーとシジュウガラ。
ネクタイはしているのですが、雄でしょうか、雌でしょうか。
白っぽいのは雪です。
写真の写りが悪くごめんなさい。


次に現れたのは、右がヤマガラで左はシジュウガラのようです。


そして、おなじみのホオジロ。ガードレールで一休みというところです。


道のそばにこんなに長いつららがありました。 


高橋家の前も道もこのとおり。雪の花で満開でした、


龍源寺間歩へ向かう道。除雪車が出動した後です。


龍源寺間歩の入口。上方にもつららがいっぱい。


間歩の中もこのとおり。


このような天気でも小鳥たちは次々と姿を現しました。

うぐいすの初鳴きも聞けました。

21日の鳴き声確認、或いは姿を見た鳥は、
アオゲラ、キジバト、ウグイス、カワラヒワ、シジュウガラ、コゲラ、イカル、シロハラ、スズメ、ヒヨドリ、ホオジロ、ハシブトカラス、ハシボソカラス、ヤマガラ、カワラヒワ、セキレイ、カシラダカ、アトリ、エナガ。

第1回(1月)も今回(2月)も野鳥観察専門家と歩きました。
普段歩いていて気がつかない鳥の声ですが、じっと耳をすませて聴くと、実にたくさんの種類の野鳥がいることに驚いています。
3月はどのような野鳥の声が姿が見え、声が聴こえるのでしょう。楽しみです。
| その他 | 23:31 | comments(0) | trackbacks(0) |
| 1/21PAGES | >>