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夏休みは大田市へ

夏休みに入って家族で来訪される方が多くなっています。

小学生のみなさんの中には、夏休みの自由研究のテーマにするために、世界遺産・「石見銀山」に来たという人も少なくありません。

大田市は、自由研究の宝庫と言っていいところではないかと思います。

世界遺産はもとより国立公園の三瓶山も魅力いっぱいです。

「サヒメル」の天体観測は超おすすめですし、国立三瓶青少年交流の家も是非家族で行ってみてほしいところです。

 

 

鳴り砂の浜の琴が浜や三瓶小豆原埋没林公園など大田市にある5つの天然記念物を巡り歩くというのもいいのではないかと思います。

三瓶山登山、日本海での海水浴、海も山も楽しめる大田市。

夏休みこそ家族で大田市へというアピールをもっとしてもいいという気がしてなりません。(A)

| ガイドつれづれ日誌 | 04:06 | comments(0) | trackbacks(0) |
梅雨明け後の猛暑対策・・・・

 今週には梅雨が明けると言われます。いよいよ石見銀山にも暑い夏がやってきます。ガイドさんの猛暑対策が求められます。

無料休憩所「渡辺家」への猛暑対策を講じてください。

 

そこで健康管理面からお知らせします。

熱中症対策のための水分補給として工夫をいろいろ講じておられると思いますが信州大学院では熱中症予防のための猛暑に強い体づくりの方法として「やや強めの運動の後、糖質とタンパク質を摂取することが有効」という研究結果が報告されています。

つまり、熱中症は体内の水分不足によって血液量が減り、血管の拡張がしにくくなったり、あるいは室内でも湿度が高く発汗しにくい状況になった結果、体温調節ができなくなって起こるんですね。特に高齢者などは熱中症になりやすい傾向があります。

 

糖質とタンパク質を同時に摂る手軽な方法として、牛乳をコップ1杯(200ml)がすすめられています。さらに熱中症予防でよく言われるのは塩分と糖分が含まれる経口補水液やスポーツドリンクが有効ですよね。しかし、塩分の摂りすぎには注意しましょう。

 石見銀山に来訪するお客様の満足度を向上対策として、わずかな経費を削ることせず、小学校へのエアコン設置実現したように無料休憩所「渡辺家住宅」等への猛暑対策の配慮をしっかり講じてほしいですね。(S)

| ガイドつれづれ日誌 | 01:29 | comments(0) | trackbacks(0) |
スマホ大師

 大森町並みにある「栄泉寺」は「竜宮門」或は「水天門」と呼ばれる山門が特徴的です。宗派は「曹洞宗」で、芋殿様と親しまれる井戸平左衛門代官ゆかりのお寺とされています。

栄泉寺、山門

 このお寺で儀父の法要を行った際、旅の雲水「泰永」から薩摩芋の情報を得てこの地に薩摩芋を広めたという事です。山間部が多く米の少ない地域、という事は、少しの不作でも飢饉に陥るという弱い体質の石見地方を薩摩芋導入し、米の代替とする事で、飢饉に耐えられる地域に変えたという事です。おまけに薩摩芋は当時税の対象ではなかったのです。つまり、全数自分の取り分となります。これを、税の徴収役の代官が行ったことは、いかに井戸代官が民のため、民衆のための政治を行ったかがうかがえますね。後(明治年間)に神様として祀られました。因みに、井戸神社の鳥居に架かる扁額の文字は勝海舟の書とされています。

19番目の代官・井戸平左衛門を祀る井戸神社(右下は鳥居に架かる扁額)

 この寺の境内には、道場がありましたが今はその礎石だけが残っています。その道場跡に1躰の羅漢像があります。その石像私にはスマホを持っているように見えます。というわけで、密かに「スマホ大師」と名付けました。「ガイドが撮った写真展」にこの羅漢像出展しています(出店写真はアップで写しています)。大森町並みに来られた際はぜひ立ち寄ってご覧ください。そして忘れずにスマホ大師に清くなくても結構ですので一票お願いいたします(笑)。

道場跡の「スマホ大師」?(ガイドが撮った写真展ではUP写真です)

 また道場跡のそのすぐそばに得体の知れない石像があり過って異星人の雲水も立ち寄ったとか寄らなかったとかw。(銀)

宇宙人の雲水?(旅の修験僧・泰永さんってひょっとして宇宙人だったのかな?)

| チョコッと脱線 | 00:00 | comments(0) | trackbacks(0) |
頼もしい

6月26日の「週刊さんいん学聞(まなぶん)」に大森小学校が紹介されています。

大森小学校の「石見銀山遺跡愛護少年団」の活動と大森小学校ならではの学校行事が紹介されています。

記事をまとめたのは、5年生6年生のみなさんです。

力強い決意表明でしめくくられています。

 

6月19日の山陰中央新報には第7回しまね小中学生新聞コンクールの結果が発表されていました。

中学1年生の部で、大田市立西中学校の水野綾香さんの「石見銀山観光新聞」が最優秀作品に選ばれています。

観光客の減少に焦点を当てた紙面構成になっています。

それを各方面、関係者への取材で考えようとしていることがよくわかります。

石見銀山ガイドの会への取材も行われています。

 

小中学生のみなさんが、世界遺産を守り伝える力をはぐくんでいることをとても頼もしく感じます。(A)

| ガイドつれづれ日誌 | 09:38 | comments(0) | trackbacks(0) |
大森町並み討論集会/追加会合が開催されます。

   世界遺産「石見銀山遺跡とその文化的景観」として2007年7月2日に登録されてから12年が経過しています。この間に大森町も随分変わりました。観光客の動きは登録時80万人でごった返していました。しかし、今は少なくなったといっても個人のお客様も多く来ておられます。一方ツアーによるお客様も今年は大幅に増えてきています。

全国で世界遺産に登録されたことにより観光化されて開発も進められてきましたね。しかし、石見銀山のある大森町は住民との話し合いの結果ですばらしい世界遺産の町としての佇まいがあります。町並みは住宅等の保全が進み、その雰囲気は訪れた皆さんからも落ち着きのある街ですばらしいとの評価と全国からも注目されてきています。

過日、町並みの変遷をガイドの会の研修会を通じて勉強させていただきました。筆者、この話を通じて町並みガイドの際生かしています。

今、大森町は人口も増えてきています。特に驚くことは子どもさんの数が増えていることです。町並みを歩くと子どもさんの元気な声が響いています。大田市にあってこれほどの子どもの増加率は他の地区でみられるでしょうか。つまりこの田舎町に多くの若者が定住して活躍していることが伺えます。まさに大森町にはそうさせる魅力があるんですね。何がそうしているのか・・・討論会に参加すればわかると思いますね。

 

討論会は、午後2時から午後4時半までの予定で開催されます。

これまでに開催された討論集会から、今回も前半は_歛蠅涼蟒弌↓∈匈音砲繁漂劼砲弔い動娶の抽出を行います。

後半は、史跡指定50年/「史跡と町並み」の両方からなる遺産について

―どと整備のこれまでとこれからについて

∋棒廚療效呂鯤歛犬契犬す

について参加型のスタイルで皆さんと討論が行われます。

観世音寺からの景観

銀山公園で「楽しく」みんなと仲良く・・・

お客様の投稿から

 

世界遺産となって12年、石見銀山の町並み地区、龍源寺間歩への観光にも課題が多くありますよね。開催される討論集会に参加して一緒になって大森町のスタイルを前向きに考えてみませんか。(S)

 

討論集会の日時は下記の通りです。

日時 7月27日(土)  オペラハウス大森座

                     (熊谷家住宅の前)

                     午後2時から午後4時迄

 

助言者として 西村幸夫氏(町並み保存・世界遺産の専門家)及び秋山邦雄氏(遺跡の保存・整備・活用計画が専門) が参加されます。

 

主催 大森町町並み討論集会実行委員会

後援 大森町文化財保存会

 

| ガイドつれづれ日誌 | 01:48 | comments(0) | trackbacks(0) |
オーバーツーリズム

 ここ数年、観光地でのオーバーツーリズムということが言われ始めています。意味としては、「受け入れ容量を超えて観光客が押し寄せること」。もっと分かりやすく言えば「観光公害」。世界ではバルセロナ、ベネツイア、リスボンなどで、交通渋滞、騒音、排気ガス、観光客の質の低下による住民プライバシーの侵害など住民の生活環境の劣化が顕在化しているようです。そのため、これらの都市では、オーバーツーリズムに反対する人々の抗議行動やデモなどが日常化しているようです。日本でも抗議行動まではいきませんが、今京都がこの問題のただ中にあります。

 7月10日付の朝日新聞の投稿欄で観光公害に関する特集が組まれていました。京都に限らず日本のあちこちで同じ問題が起こっており、「観光客が多ければよいという考え方を変えた方がよい」「入場制限が必要」などの意見が寄せられていました。石見銀山でも世界遺産に登録された12年前、いはば“観光バブル”で湧き、この問題を肌で体験しています。当時80万人を超えた観光客は今30万人を下回りました。「以前の落ち着きと静けさが戻りました」という住民の声は、負け惜しみでも何でもありません。はたして、この投稿欄を締めくくる立場で、“暮らし重視「歩く観光」”という表題を掲げた大田市石見銀山課長の遠藤浩巳さんの意見が掲載されていました。

 石見銀山は今、世界遺産ということではなく、観光地のあり方というまったく別な視点から注目を集めています。石見銀山ガイドの会の存在意義と役割がいっそう重要になってきたと思いました(O)。

| ガイドつれづれ日誌 | 02:29 | comments(0) | trackbacks(0) |
森の花火

 初夏を代表するネムノキ(合歓の木)の花が、銀山川沿いに咲いています。 

 

        ネムノキ(合歓の木)

 

 ピンクと白い糸のような、ふさふさしたものは、実は花びらではなく雄しべです。雄しべの先の黄色い点のようなものは花粉です。銀山を一緒に歩く子どもたちに、この花を紹介するときは、筆者は「森の花火」と言っています。

 

 この樹木は、高さ10mくらいになり、日当たりのよい湿り気のある土地によく生育します。

 ふんわり優しげな、この木の全体像を覚えて、夜もう一度、この木を見て下さい。何だか感じが違って見えます。

 それは、羽のように広げていた羽状複葉の葉っぱが、夜になると松の葉のように針状に閉じてしまうからです。

 

 オジギソウの葉のように手で触れても閉じないですが、ネムノキの葉は、日照の変化によって就眠運動を繰り返します。昼間は太陽光線を受けるために葉を開き、夜は冷却されないように、また、水分が放出されないように閉じています。

 この重なり合う葉の様子から、家庭円満、夫婦円満を意味し、「合歓の木」の和名があるようです。

 

 むかし、アルプスの麓の山小屋に泊まり、夜空を見ながら、ネムノキに光を当てたことがあります。バックの星空と、花火のようなネムノキの花がつくり出す、大自然のコントラストに驚きます。      文 責(T)

 

 

(番 外)

 左の赤っぽいのがアカマツで、右の黒っぽいのがクロマツです。並べてみると季節の風物詩のようです。

 

 

 

 

 

 

 

 

| ガイドつれづれ日誌 | 00:00 | comments(2) | trackbacks(0) |
しまねっこ参上

昨日(15日)のワンコインガイドにしまねっこが駆けつけてくれました。

しまねっこファンのみなさんも含めて、たくさん参加していただきましたので、臨時便を出して対応しました。

 

 

参加者には龍源寺間歩コース

町並みコース

それぞれに特製缶バッジと

直筆サインがプレゼントされました。

 

次回のしまねっこ参上は、8月4日(日)の予定です。

 

以下は、お知らせです。

先日の強い雨で、清水谷製錬所跡の石垣が一部崩落しました。

 

明日、17日(水)18時30分〜BS・TBS「ハテナの旅」で龍源寺間歩が紹介されます。(A)

| ガイドつれづれ日誌 | 07:34 | comments(0) | trackbacks(0) |
天気に恵まれた鞆ケ浦街道ウオーク!

鞆ケ浦ウオークのドキュメント

前日の雨から心配された天気も曇り空の中、銀山公園を定刻の9時に出発しました。鞆ケ浦街道入口から25分で牛の首に到着、しばしの休憩し少し山吹城跡側に移動、仙ノ山に向かって大きな声で「ヤッホー」と叫びました。

出発です。

仙ノ山に向かって叫んでいます。

 

牛の首からは急斜面を下ります。階段がつけられ整備されていてよかったです。しかし川を横切る木の橋は一人でないとぐらぐらしていてとても危険です。早急な補修が必要。(堰堤がある部分の少し手前)

柑子谷の精錬所跡には10時45分到着、5分程度説明し移動。再び街道入口から進みます。11時12分。水ケ迫石切り場、岩盤側溝の斜面などの約1kmは厳しかったですね。胴地蔵についたのは11時50分。本田平家跡から草刈りした近道を通り「みはらしの館」に到着。12時10分。昼食、トイレ休憩で約40分滞在。

牛の首からの下り、階段で整備されていました。

危険な橋でした。早急な補修が必要です。

ここから約1kmが急な登りで岩盤側溝を見ながら

登りました。

急峻な場所 岩盤側溝付近

ここ本田平家跡からみはらしの館へ下ります。

草刈りの効果あり。

 

午後の部スタートです。天気も回復し日差しが照り暑さも少し戻りました。参加者一行元気に歩いています。めったに行くことのない小笠原家を訪問いたしました。筆者も何年ぶりの訪問でしょうか。家の下の広大な敷地にはヤギが数頭放されていました。見学後、鞆を目指します。宝篋印塔、人切岩を横目に口屋峠についたのは13時35分。ここで写真参照してください。全員で「はい、ポーズ」いい写真が撮れました。10分の休憩後、少し下ったところの祓井戸を下り西谷集落目指します。鞆へ跡2.9kmの地点です。

この笑顔がなんともすばらしい

良い顔しているな。

方向変えて「はい、ポーズ」

田中家より約7分位のところで街道の崩れがあり道幅も狭く要注意で歩きましょう。ここも早急な補修が必要です。

危険な場所

 

このあたりからは土橋が頻繁にでてきます。「やなしお道」より迫力あるかも。

筆者の確認では8ケ所あったように思いますが?。そして国道9号線を横切ったのは15時丁度。ほぼ定刻の動きしています。才の神を通過して最後の難所です。琴ケ浜が見えるところで記念写真。鞆集落をすぎ鞆館についたのは15時20分、そして鞆港に15時30分、参加者全員で完歩記念写真でめでたし、めでたしのウオークにみんな満足気の様子でした。ご苦労様でした。

きのこを沢山みることができました。

琴ケ浜をバックに

まとめのお話中です。

 

 時間経過  食事、休憩含み6時間半  参加者による歩数計では18000歩から20000歩でした。約11km位歩いたでしょうか。

 

 銀山公園 9時出発

 登山口  9時35

 牛の首(吉迫口) 10

 精錬所跡 10時45

 街道入口 11時12

 第1土橋 11時40

 本田平家跡 12時4

 みはらしの館 12時10分〜50分 食事・休憩

 小笠原家 13時10

 口屋峠  13時35

 西谷集落 14

 第5土橋 14時42分

 国道9号線 15

 鞆館 15時20

 鞆ケ浦港 15時半 到着、解散

 

今後の銀山街道ウオークは

  9月8日美郷町やなしお道 約8km

  10月13日 温泉津・沖泊道 約14km

  11月10日 本谷コース  約5km

より多くの参加をお待ちしています。楽しく歩きましょう。(S)

| ガイドつれづれ日誌 | 01:50 | comments(0) | trackbacks(0) |
逸話は後で作られる

  代官所前の「大森会館」の河村前社長、生前は大変お世話になった一人です。初めてお会いして伺ったのがガイドになって間もない頃「仙の山(銀山)」の「石銀(いしがね)地区」にある複数の大きな窪みでした。先輩ガイドに聞いても明快な答えが得られず、河村前社長に伺ったところ、戦時中、松の切株ⁿの「肥松」から「松根油(しょうこんゆ)」を採った跡でした。

石銀地区の窪み(松の根を掘った跡)

 他にもいろいろ興味深い話を聞きましたが、その中から今回紹介するのは城上神社の「亀石」、元々馬路の城上山にあった城上神社が大内の時代に現城上神社向かいの「愛宕山」に移され、その際は共に亀石も移設されましたが、毛利の時代今度は愛宕山から現地に神社は移設され、その際この亀石は愛宕山に置き去りにされたとか、亀石は自力で山を下りましたが神社前の銀山川まで来て身動きが取れず夜な夜なしくしく泣いていたとか、それに気が付いて人々が川から引き上げ現地に安置した由。

城上神社神社の境内にある「亀石」

 私が疑問に思ったのが亀石の土台(コンクリート)でした。河村前社長に「土台はいつ作り直したのですか?」と伺うと、失笑しながら、始めっからあの土台との事。はっきり断言はされなかったですがニュアンス的には昭和初期頃に出来た話のようでした。また、城上神社が当初大内の時代に愛宕山に移設されたという確かな資料は無いようです。

亀石の台はコンクリート製

 逸話と云うものはこのように後の世に作られるケースがほとんどで、心に残るような出来の良い話は言い伝えられ、そうでない話は忘れ去られるのでしょうね。という事は、消え去った逸話も過っては多くあったかも、そういった話にも興味あるな〜。(銀)

代官所前の「大森会館」背景の山は「愛宕山」です

| 銀山 むかし語りいま語り | 00:00 | comments(0) | trackbacks(0) |
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