<< May 2017 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 >>

カテゴリー
最新の記事
最新のコメント
最新のトラックバック
月別の記事
リンク
サイト内検索
その他
美味しんぼ 109 (ビッグ コミックス)
美味しんぼ 109 (ビッグ コミックス) (JUGEMレビュー »)
雁屋 哲
著名なグルメ漫画に『日本全県味巡り 島根編』が登場しました。石見の食の幸も色々紹介されています

国銅〈上〉 (新潮文庫)
国銅〈上〉 (新潮文庫) (JUGEMレビュー »)
帚木 蓬生
天平の世、大仏造営の命を受けて奈良へと旅立つ青年の苦難の人生を軸に、当時の人々の生き様が素朴で力強く描かれた良書
SPONSORED LINKS
MOBILE
qrcode
笠岡市にある「威徳寺」にお参りしました。

銀の道広域連携実行委員会は、5月27日及び28日の

2日間かけて銀山街道笠岡ルート、府中市〜笠岡 迄

の約40km、54,886歩、歩いた時間、13時間25分

か けて天気に恵まれ約20名、伴走車3台、スタッフ

6名 、地元ガイド及び笠岡からガイド2名も参加道中

の 説明を受けました。

 

さらに島根県の国土交通省中国 地方整備局地域道路

課及び笠岡市役所職員の方の参 加もあり歩いていた

だきました。 詳しい内容は後日2〜3回シリーズで報

告いたします。

 

 28日、笠岡市にある石見銀山第19代代官「井戸平

左衛門正明公」の墓のある威徳寺をお参りしました。

皆さんもご存じの方多いかもしれません。「芋代官」

「芋殿さん」ともいわれ銀山領内の農民から慕われ、

中国地方には約500基の顕彰碑が建てられていると言

われています。

筆者自身初めての訪問でした。威徳寺の墓石には 戒名

「泰雲院義岳良忠居士」と刻まれています。 また、

寺の裏には、井戸公園があり、井戸公に関す る説明分

や大田ロータリークラブと笠岡ロータリー クラブの友

好締結の桜の木も植樹され立派に育って いました。

参拝して、あらためて井戸公の大森代官 所赴任時、凶

作による飢饉に苦しむ領民を憂い、自 らも私財を投じ

て善政を施し領民を救いました。 参加者それぞれの思

いをもってお参りいたしました。合掌 (S)

| ガイドつれづれ日誌 | 00:06 | comments(0) | trackbacks(0) |
あと一歩

懸案とされていた世界遺産の地域内の案内表示が新しくなりました。

龍源寺間歩内でも外国語の表記も加えて、主なポイントに案内表示が置かれていて、今までよりも、分かりやすくなっています。

嬉しいことです。

しかし、あと一歩という気がしています。

坑道について「ひおい坑」として、その下に「鉱脈を追って掘った坑道」と書かれています。

これを読まれたお客様は、「鉱脈って書いてあるけど、どこが鉱脈なの?」と思われないでしょうか。

「左側に見える鉱脈」というふうにすれば、もっと分かりやすくなったのではないかと惜しまれます。

読まれるお客様の立場に立って考えてほしかったという気がします。

案内の表示も見やすくきれいになって、これはこれでいいのですが、もう一歩踏み込んで「豊かな自然を満喫してください」とか「心落ち着く町並みを楽しんでくださいなどと言う言葉を付け加えてみてもいいのではないかと思います。

「ありきたり」のものでなく、お客様へのおもてなしの気遣いが感じられるようなものにすることも大事な気がします。(A)

| ガイドつれづれ日誌 | 06:32 | comments(0) | trackbacks(0) |
かなめ石

下の写真は何に見えるでしょうか?

動物の頭蓋骨?またはお尻?

当欄の読者のみなさんにはとっくにご承知の「かなめ石」です。

昔、銀山で採掘された銀鉱石をこの石の上で砕いたと言われています。

この「かなめ石」を、これまで「要石」と表記されることがありました。

それは、正しいのか?そもそもこの石をなぜ「かなめ石」というのか?

最近発行された「石見銀山を読むー古図・絵巻・旧記・石州銀ー」(松江文庫・鳥谷芳雄)を読むと、その疑問が解けます。

詳しくは本を読んでいただくとして、鳥谷さんは、鉱石を砕くことを「かなめる」と言い、その仕事にあたった女性を「かなめ」(砕女)

と言うようになったと書かれています。(ここでは、紹介しませんが「かなめ」に関する鳥谷さんの考察が面白いので是非一読をおすすめします)鳥谷さんの説では「砕女石」の表記が適切ということになります。

遊歩道を歩くと、銀山川に、昨年7月の大雨で洗い出された「かなめ石」をたくさん見ることができます。(A)

 

| ガイドつれづれ日誌 | 07:11 | comments(0) | trackbacks(0) |
健康ウオーク「山吹城コース」のご案内 !

   当会の実施中の石見銀山街道健康ウオーク、定員を

超える参加者を得て人気のツアーになりつつあります。

第一回は仙ノ山Aコース、第二回は鞆ケ浦コースでし

た。いずれのコースも天気に恵まれ参加者の皆さんか

ら「楽しかった」との声もいただき、リピーターとし

て続いて参加の方もいらっしゃいます。

 6月17日(土曜日)の山吹城コースは、戦国時代石見

銀山の銀を巡って激しい争奪戦が行われ、1562年には

毛利元就が銀山を支配するなど石見銀山支配の軍事的

重要拠点としての役割を果たしてきました。

 

 今回は鞆ケ浦街道からのルートではなく龍源寺

間歩近くからのルートで登る予定です。山頂は360度

パノラマで見渡せます。新緑の山吹城跡からの眺望も

素晴らしいですよ。また、ルート上からは当時、福岡

の豪商「神屋寿禎」が銀山発見したとされる仁摩沖も

見渡せます。当時の発見に思いを馳せましょう。

 

山吹城跡山頂からの町並み地区望む

山吹城跡

 また、このところ人気となっている「天空の朝ごは

ん」もここ、山吹城跡が舞台なんですね。 多くの方の

参加をお待ちしています。詳しいことは、石見銀山ガ

イドの会(電話0854-89-0120)又はホームページをア

クセスしてください。(S)

| ガイドつれづれ日誌 | 00:57 | comments(0) | trackbacks(0) |
大久保間歩 福石場近日公開 乞う御期待!

 700以上ある石見銀山の間歩の中でも断トツの規模を誇る大久保間歩ですが、その中でも特に含有率の高い石(福石)を大量に出した福石場が、今まで非公開でしたが、いよいよ7月から公開されます。それに先立ち、先日、ガイドの会メンバーの研修が行われ真近に福石場を見ることができました。

 

「凄い!」の一言です。目にするだけでその規模の大きさに圧倒されます。鉱脈に添って岩の割れ目を掘り進んだ跡も凄いですが、福石場は、縦・横・高さ20メートル四方の空間全体を掘ったことが見て取れ、灯りと言えば螺灯だけの暗い中で硬い岩盤をこれだけ大掛かりに掘った先人の力にただただ驚き心を打たれます。「凄い!」

 

    鉱脈に添って掘った跡 

 

 残念ながら福石場の写真はまだ公開することができませんが、7月、ぜひ、ご自分の目でその凄さをご体験下さい。

 

 ご予約・問い合わせは、 

 大久保間歩予約センター 

  TEL0854−84−0750 まで

       

                                   (М)

 

| ガイドつれづれ日誌 | 09:30 | comments(0) | trackbacks(0) |
映画 『たたら侍』を観て
 今月の20日から公開されている出雲地方を舞台にした『たたら侍』を観に行きました。『たたら侍』はお勧めしたい映画の一つです。
 たたら場で鉄を取り出す作業と、鉱山で銀を取り出す作業は、鉱石の中から一つの有用鉱物を取り出す行為なので似通った部分があります。そういう意味でも興味がある映画でした。
 その、鉄を生み出す製鉄技術「たたら吹き」と、銀を生み出す製錬技術「灰吹き」は、よく似た言い方で表しています。


 石見銀山に銀の製錬法の「灰吹法」が大陸から伝わったのは、1533年(1534年説もあり)の戦国時代です。その時代には、出雲と石見の山陰地方には「たたら吹き」が、日本の伝統技術として普及していたと思われます。
 大陸から伝わった「灰吹法」を受け入れるだけの技術水準が石見銀山にも既にあり、伝承していくことに違和感はなかったと想像されます。



 日本の伝統技術と、日本人の気高い精神を、美麗で雄大な映像と共に描き出す。それが『たたら侍』である。と映画の「序章」に記述してありました。
 灰吹法が伝わってから、その生産体制が石見銀山で整うのに、そう多くの時間は係らなかったと映画を見て実感しました。

この映画には、友人で「石見銀山ガイドの会」に以前所属していたS君もエキストラ(村人)で出演しています。眼を凝らしていましたが、残念ながら発見できませんでした。(^^)/             文責(T)


| ガイドつれづれ日誌 | 00:00 | comments(0) | trackbacks(0) |
天空のランチ

5月22日、天空のランチが行われました。

今回は、大田市以外に益田、浜田、江津、出雲、美郷、奥出雲から、31名の参加でした。

石見銀山を護った世界遺産矢滝城跡(634m)に、5歳〜72歳の参加者が元気に登りました。

山頂からの眺望が素晴らしかったです。写真中央は韓島です。神屋寿貞はこの沖から光る仙ノ山を見たのでしょうか。

国立公園三瓶山。

山頂からの眺望についてのガイドを受けた後は、

お待ちかねランチ。ドイツパン。

特製サラダに生ハム、生チョコ、生クリームなどなど。

おいしいコーヒーを入れて、天空のランチです。

矢滝城跡からは、写真中央右には仙ノ山石見銀山)、左には山吹城跡が見えます。

 

登山の後のおいしいランチは、参加されたみなさんには大好評でした。

次回は、9月。

「黄昏、夕日、漁火ディナー」です。(A)

| ガイドつれづれ日誌 | 07:35 | comments(1) | trackbacks(0) |
健康ウオーク「鞆ケ浦コース」 ドキュメント -成功へのおもてなし-
石見銀山ガイドの会主催の健康ウオーク「鞆ケ浦コース」
15名の定員を超え20名の参加がありました。参加者の皆
様有難うございました。天気にも恵まれそして気温は28
度越えも予想される中でしたが熱中症の心配もなく皆さ
んとても元気で最終地点琴ケ浜に午後3時過ぎ到着。
ほぼ定刻でした。

出発前のコース説明等

ストレッチの様子

お魚観察

筆者と仲間のスタッフと二人でサポート隊として参加、行
く先々で万が一に備えて待機しました。午前9時に出発し
た一行は、途中ストレッチなど所定のスケジュールをこな
し、最初の難関、通称牛の首といわれる吉迫口番所を過ぎ
てからの急斜面を無事通過、柑子谷には定刻に到着。最初 の休憩場所である松源寺でトイレ休憩。皆、元気です。

吉迫口番所跡に到着

永久精錬所跡付近

トイレ休憩

女性はトイレが心配。せめてバイオトイレを整備してほし
いですね。 トイレ休憩後、上野集落に向けて出発。約50
分ほどの時間。サポート隊はここで食事の準備のため弁当
を受け取りに向かいました。現地の「みはらしの館」につ いたのは一行が到着する約10分前、食事の準備終了後、田 平家跡まで迎えに行ったら到着しているのではないか。な んとも正確に行動している。よくも計算されているもんで す。関心いたしました。

鉱山で財を成したという田平家跡

外で食事組の様子。楽しそうでした。

三瓶山をバックに全員で記念写真

約1時間ばかりの休憩時間、食事をとり、コーヒーを飲 み、竹の上でのストレッチなど一時を過ごして、全員で 記念写真を撮り出発したのは午後1時でした。

サポート隊は片付け、掃除して次の待機場所「口屋峠」に
移動。 一行が口屋峠に着いたのは午後1時40分ごろ。ここ
で健康ウオークの売り、飲む点滴「橋田麹製甘酒」と甘夏 の提供に皆さん感激の様子でした。 そして、筆者が想像 もしていなかった事、「バカヤローと絶叫」リーダー何を 思ったのか・・・・・全員が絶叫しているのではないか。 ストレス発散できましたか・・・鶯さんもびっくりこいた ことでしょう。お騒がせいたしました。 そしてストレッチです。丁度いい場所がありましたから。
口屋峠で叫ぶ「ストレス発散か?」

ストレッチの様子

口屋峠から鞆ケ浦までは山の中となります。サポート隊は
一足先に鞆ケ浦(琴ケ浜)で待機します。一行が到着したの
は、ほぼ定刻の午後3時10分ごろ。少し足取り思いも私た
ちとハイタッチで完歩を祝いました。

海で童心に帰りました・・・

一行が到着するまでの様子。広島からの女二人組
この後、福岡からのバイクのアベックも、しばし会話も
人気スポットでもあります鳴り砂の浜でした。

そして、琴姫伝説の残る琴ケ浜海岸での鳴り砂体験と暑か
ったので海に足を濡らす方もあり童心に帰っていました。
全員事故もなく鞆ケ浦コース楽しんでいただきました。

次回は6月17日山吹城コースです。多くのお客様の参加を
お待ちしています。(S)
| ガイドつれづれ日誌 | 01:54 | comments(0) | trackbacks(0) |
定説

石見銀山の本格的採掘が始まったのは1526年というのが定説でした。

しかし、最近1527年説が有力とされるようになっています。

いままで、「定説」とされてきたものがかわるというわけです。

 

井戸平左衛門が石見地方にサツマイモ栽培を広げたということも定説です。

そのきっかけになったのが、亡父の法要で訪れた栄泉寺で薩摩の僧侶に出会ったことだというのも定説です。

 

 

すでに当欄で紹介した「石見銀山の社会と経済」の中の、「代官井戸平左衛門の事績と顕彰」(藤原雄高さん)を読んで、筆者が、関心を持ったのは、井戸平左衛門が享保の飢饉時に伊予の国を訪れているということでした。

当時、伊予大三島では、下見吉十郎がサツマイモ栽培を広げ、享保の飢饉時には伊予藩に700俵の支援米を送っています。井戸平左衛門は、このことを知ってサツマイモ栽培を思い立ったのかもしれない(「栄泉寺説」が正しいとすれば、サツマイモ栽培の重要性を再認識した)という気がしました。

因島の正善寺に下見吉十郎の芋地蔵と井戸平平左衛門の碑があるのも、井戸平左衛門の伊予行きと関係があるのかもしれないと思ったりします。

「定説」が研究によって覆され、新しい「定説」を生み出すこともあります。研究者のみなさんに、井戸平左衛門の伊予行と石見地方でのサツマイモ栽培の普及の関連について解き明かしてほしいです。(A)

| ガイドつれづれ日誌 | 07:40 | comments(0) | trackbacks(0) |
デビュー戦

5月19日、香港の旅行社のみなさん(6社12名)が来訪されました。

香港から日本へのツアーを企画するとき、その訪問先に「石見銀山」を入れるということでの来訪でした。

半年前に、この日のための下見にも来ておられます。

 

みなさんのガイドをさせていただいたのは、石見銀山ガイドの会の月森真由美さんです。

主催者の方から、できれば中国語か英語で案内してほしいという要望がありましたので、月森さんにお願いしました。

月森さんは、今年、山陰地方限定の英語通訳の資格(地域限定特例通訳案内士)を取得されました。

月森さんにとっては、本格的な英語通訳ガイドとしてのデビュー戦ということで、気合が入っていました。

参加者のみなさんも、熱心に聞いておられました。

 

みなさんは、龍源寺間歩から町並みと言うコースで見学されました。

 

これを機に、香港からツアーでの来訪者が増えるといいなと思います。(A)

| ガイドつれづれ日誌 | 06:30 | comments(0) | trackbacks(0) |
| 1/261PAGES | >>