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恒例 ガイドの会忘年会開催!!

  3日、銀の積み出し港であった温泉津温泉「ますや旅館」にて忘年会を開催いたしました。今年は、仁摩・温泉津地区が担当しました。約40名が参加、温泉津の町には賑やかに爆笑が響き渡ったことでしょう。

 

 安立会長は挨拶の中で、皆さんの活躍で全国の皆さんに愛され、ガイドさんのおもてなしの心が拡がっている。町の人たちからも感謝の気持ちから差し入れが届いていますとの報告もあり、「おー」とどよめきが沸き起こりました。とてもありがたいことですね。

安立会長挨拶の様子

ビンゴの景品には、町の人からの贈り物も

 

余興の部では、当会きっての踊り手さんによる舞踊、今年NHKのど自慢で話題をよんだ坪内さんの詩吟。良かったですねぇ。

名物3人娘による踊り

歌姫による詩吟披露

 

なんといっても素晴らしかったのは料理だけではありません。なんでこんなにもガイドの会には芸者が多いのだろうかと思わせる場面が毎年多いですよね。会長曰く、銀山テレビで中継をしてほしいと? て、いうほどの芸達者が多いんです。

さて、その結果は、言うまでもなく「爆笑」とは失礼。大いに盛り上がりました。ありがとう!! アンコールにも応えてくれてありがとう。

大変盛り上がりました。アンコールにも応えていただきました。

 

さらに企画力もすばらしい。各会員の名前と銀山カルタを利用したビンゴゲームも良かったですねえ。

 

最後は全員で「サザエさん」おどりました

あっという間の2時間でした。最後は全員参加で「サザエさん」を踊り、すばらしい忘年会となりました。この一年間会員の皆様の協力があったらこそ、たのしいひとときが過ごせるんです。1年間の悪い思い出は忘れましょうや。閉会は、和上前会長さんにより、踊ってよし、しゃべってよし、言うことなしやと締めていただきました。(S)

| ガイドつれづれ日誌 | 00:21 | comments(0) | trackbacks(0) |
どっと・かめさんへ

どっと・かめさん

12月1日、2日と、いつもながらの「炎のコメント」ありがとうございました。

 

松葉杖のお客様のこと、ありがとうございました。

どっと・かめさんが、清水寺駐車場から後もそのお客様を龍源寺までご案内され、そのお客様が大変喜んでお帰りになられたことは想像に難くありません。(筆者なら、そこまで書かないと気が済まないと思いますが、そうされていないところにどっと・かめさんのお人柄と世界遺産に寄せる思いが偲ばれ、敬意を表します)

お客様の心を折らないで、喜んでお帰りいただけて本当に良かったと思います。石見銀山ガイドの会の会員のすべてが、どっと・かめさんのような気持ちを持ち、対応できるようにしていかなければならないと思います。

ご指摘の通りだと思います。(車椅子のお客様のことも含めて)

「おもてなし」は誰かに見られた時のためのものではありません。来訪されたすべての人たちに、気持ちよくお帰り頂くように、神経を研ぎますことが求められていると思います。

 

たまる屋さんの前の花がいつもきれいです。これも、たまる屋さんや、町のみなさんのおもてなしの一つです。

 

市長さんとの懇談についてのご指摘もありがとうございました。

もとより、秘密のものではありませんので、ガイドの会の皆さんには報告もします。公開しては困るという内容は一つもありません。当欄の読者のみなさんで、もう少し詳しい内容を知りたいと思われる方がおられましたら、石見銀山ガイドの会までご連絡いただければ筆者が対応させていただきます。

なお、市長さんの提案も大田市と石見銀山ガイドの会間の情報の共有、意見交流と言うことですので、筆者の書き方が十分でなく誤解を与えて申し訳なく思っています。

 

12月に入りました。拙句を御笑覧下さい。

 

どんと来いと受けて立ちたき師走来る(A)

| ガイドつれづれ日誌 | 05:29 | comments(0) | trackbacks(0) |
銀山ニュース

(1)ワンコインガイド

 12月1日より、町並みコース、龍源寺間歩コースとも、1日1回、10時30分スタートで行っています。(来年2月28日まで)

 それ以外の時間でガイドご希望の場合は、石見銀山ガイドの会事務所

 (電話:0854−89−0120)

 まで、お問い合わせください。

 

(2)龍源寺間歩

 12月1日より公開時間が16時までとなっていますのでご注意ください。

 ⇔繕睫砧

  12月3日〜9日の7日間(障がいしゃ週間)は、障がい者手帳を提示された方は、入場料が無料になります。

 

(3)遊歩道の工事

 

 新切間歩以西の遊歩道の工事が始まっています。

 

 7月の水害で寸断された遊歩道を、来年2月28 日までの予定で修復工事が行われています。

 工事用の車両も頻繁に通りますので、ご注意ください。

 

(4)おたすけ会

 12月1日から、おたすけ会による代官所前ひろば案内所は、毎週火、水、木は、閉鎖です。

 

 (5) 新聞報道

 

 石見銀山ガイドの会の石原さんが、634サミットで最高の国交省観光庁長官賞を受賞したことが、島根日日新聞で大きく報道されました。

 

12月に入り、さすがに冬らしい天気が続き、銀山公園の駐車場も連日満車という状況ではなくなってきましたが、のんびり、しっかり楽しむことができる季節ですので、たくさんのみなさんにおいでいただきたいと思います。(A)

 

| ガイドつれづれ日誌 | 06:31 | comments(0) | trackbacks(0) |
石見銀山ヘルスツーリズム体験の模様 放映されました。

1130日、NHKしまねっとニュースで「水曜特集」として取り上げられました。皆さん視聴されましたか。

 

放送では、石見銀山ガイドの会ヘルスツーリズム 浜潟和美さんを紹介、放送の内容は、先の119日から11日まで大田市で開催された第3回日本クアオルト協議会全国大会が開催された際、大会に先立ちクアオルト協議会役員や全国から参加された7自治体関係者等が石見銀山で龍源寺間歩を活用した非日常体験を経験されたんですね。

放送の冒頭、浜潟さんは「鉱山遺跡は地味なところ」「お客様は遺跡を十分理解されないで帰っている」と非常に残念なことだと指摘。

「石見銀山に来てもらうだけでリフレッシュできる。普段体験できない事をやることでリフレッシュできる」とヘルスツーリズムの取り組みの良さを強調し、「とてもわかりやすく説明した」と思いました。

参加された皆さんの評価も高く、「坑道内で静かにノミの音の体験、螺灯(らとう)の明かりなど貴重な体験を通じストレスの軽減になりリラックスできたと高く評価されていました。

 

石見銀山遺跡は全体では529haと広い面積を有している。観光の中心は、銀を掘ったとされる龍源寺間歩までの約2kmが中心。しかも歩かねばならない。ガイドと一緒に歩けばその魅力が理解できるのですが・・・・

ストレッチの様子

歩いて健康作り

これから癒やしを体験します・・

真っ暗な坑道の中で・・・・

 

ヘルスツーリズム、つまり約2km歩く労力を健康につなげるんだという気持ちになってもらい、健康作りに役立ててもらおうという企画なんですね。今年、体験会など通じて参加者の声を反映させ、よりいいものに仕上げてきました。

いよいよ来年7月、石見銀山遺跡は世界遺産登録10周年を迎えます。石見銀山遺跡の魅力を取り戻す新しい商品として全国の皆さんに訴えていきたいです。

「観光」と「健康」を結びつけたヘルスツーリズム、「健康志向の人を呼び込み、成功させたい」と浜潟さんは訴えます。このヘルスツーリズムは、来年415日仙ノ山コースを皮切りにスタートします。

 

石見銀山でガイドと歩いて、健康を取り戻し元気になりましょう!!

 

全国からの参加お待ち申しております。(S)

| ガイドつれづれ日誌 | 00:29 | comments(2) | trackbacks(0) |
開発と保存

 外務省の外郭団体であるJICA(国際協力機構)は、開発途上国への国際協力を行っています。その一環として、開発途上国で開発業務に直接携わっている人達を招いて、秩序ある開発を進めるための研修を行っています。11月14日、この研修に参加しているアルゼンチン、コソボ、トーゴ、東チモール、コートジボワール、ザンビア、ブータン、ミャンミーの8か国、13名の研修員の皆さんが石見銀山を訪れました。この御一行を伊藤寿美さんが案内しましたので、その時の伊藤さんの感想を以下に掲載します。

感想

 先日、JICAの課題研修「地域開発計画管理コース」に参加している13名の外国の方をご案内する機会がありました。英語の語学力のない私は、通訳がつくもののどんなご案内をすればいいのか考えました。そして当日、まず笑顔と精一杯のおもてなしの心で案内しました。その結果、通訳の方から「大丈夫、理解されていますよ」と言われ、そしてお客様からの「ナイスガイド!」の言葉もしっかり聞き取れました。石見銀山もこれから外国の方の観光も増えると思います。今回の経験で心をこめた案内は、日本人、外国人の違いはなく感動して受け入れられると実感しました。

 

 伊藤寿美さんの名ガイドぶり、目に見えるようですね。とくに、町並みをガイドした時には作務衣スタイルで案内され好評でした。今、開発途上国では、無秩序な開発に起因する自然環境や伝統的な文化景観の破壊、都市と農村の格差拡大など様々な問題に直面しています。今回石見銀山を訪れたこれら途上国の人達は、江戸時代の雰囲気をそのまま残している町並みの文化的景観や中世、近世そして近代へと連なる産業遺跡の保全状況を目の当たりにして、今急激に進められている自国の開発で何をどう生かすべきなどについて、きっと感じ取って帰られたに違いありません。今回は、単に国際親善の役割を果たしただけでなく 、国際化時代でのガイドの会の新しい役割の一面をみたような気がしました。伊藤さん、お疲れさまでした(O)。

 

| ガイドつれづれ日誌 | 00:14 | comments(1) | trackbacks(0) |
大久保石見守長安公の陣屋跡を訪ねて

 東京都高尾山(八王子市)を観光するかたわら、江戸

時代初期の役場・八王子市の大久保石見守長安公の陣屋

跡を訪ねました。

 石見銀山ではあまりに有名人で、江戸時代の初代石見

銀山奉行となった人で、銀山大森の町並みの創設者でも

あります。

 一度は、訪れてみたい史跡でもありました。

 

 現地で頂いた資料によれば、江戸時代創成期に活躍し

た長安公最盛期の所領は、八王子八千石(実際は九万石)

に加え、家康公直轄の百五十万石の実質的な支配を任さ

れていたとあります。

 この石高については、いろいろ諸説があるようです。

 

 陣屋跡は、JR八王子市駅から徒歩で20分位のとこ

ろにありました。

 

 実際に訪れてみると、交通の要である場所に、陣屋は

建てられていたことが分かります。陣屋跡から約300

m北側には、かつての甲州街道の一部である国道20号

が走っています。

 入り口の中ほどに「史跡・大久保石見守長安陣屋跡」

と書かれた標柱(石碑)が建てられていました。

 

 陣屋跡の敷地の一部は、畑地となっていました。

 

   産千代稲荷神社(うぶちよいなりじんじゃ)

 1590年頃、長安公が八王子に陣屋を構えた際に、

陣屋守護や五穀豊穣を祈願し、陣屋内に「産千代稲荷神

社」を建てました。

 今の神社は初期のものでは無いようですが、当時の社

の尊厳さが偲ばれます。

 

 陣屋跡地には、当時の長安公の「陣屋井戸」が残され

ていました。

 

 ガイドの中で、大久保石見守長安公は16世紀の終わ

りから江戸時代の初めにかけて、八王子市を創った方で、

八王子市のお殿様だった人です。

 と、東京方面から来られたお客様には、分かりやすく

ご紹介していますが、多くの方はご存知ないようです。 

                      (T)

 

本日のお知らせ

 

本日(11月30日)NHKテレビ18時10分からの番組で、石見銀山ガイドの会のヘルスツーリズムが紹介されます。

また、方言のコーナーでも、先日、同コーナーに石見銀山ガイドの会の会員が出演しましたが、その時の流れを受けて、石見の方言が紹介される予定です。

ご覧いただければと思います。(A)

 

 

                                                                            ・

 

| ガイドつれづれ日誌 | 05:00 | comments(0) | trackbacks(0) |
竹腰市長との懇談

11月28日、竹腰創一大田市長と石見銀山ガイドの会の正副会長の懇談会がありました。

石見銀山ガイドの会の要望に、竹腰市長が多忙な中で時間をさいて応じてくださいました。

この懇談会には、石見銀山課、観光振興課、都市計画課のみなさんも参加されました。

世界遺産のおもてなしの現状や石見銀山ガイドの会の役割や現状など話題は広範囲に及び、率直な意見交換の場となりました。

竹腰市長からは、大田市と石見銀山ガイドの会で情報を共有し、意見交換などができる場を今後も持つようにした方がよいというご提案もいただきました。ありがたく、嬉しく思いました。

石見銀山ガイドの会としても、今後、積極的に建設的な提案をしていきたいと思いました。(A)

  今年もきれいだった城上神社の紅葉

 

| ガイドつれづれ日誌 | 07:28 | comments(1) | trackbacks(0) |
銀の道広域連携実行委員会会議に参加して

   1127日三次市布野町横谷にある横谷ふるさとセンター(旧横谷小学校)において、銀の道広域連携実行委員会の来年度事業計画の協議が行われ参加してきました。会議には関係者8名が集まりました。

立派な校舎 旧布野町横谷小学校

 

協議の内容の要旨

2017年の銀の道を歩く旅

  府中〜神辺〜笠岡へのルートを歩く。                                      

  開催日は、527日及び28日1泊2日 約34km

銀の道カレンダーの作成 販売価格 500

1月は筆者の作品が掲載されています。

 

F本遺産についてのフォーラムの開催

  尾道市が企画。当協議会も協力する。

ざ笋稜麓崙擦箸力携・・生野銀山との銀つながりで

  企画の実施。日程調整する。

ザ笋瞭札泪奪廚鮑鄒

  平成29年度中に完成させる。

 

上記の課題について協議し了承を得たので準備を

進めていくことを確認し会議を終了した。 (S) 

| ガイドつれづれ日誌 | 07:23 | comments(0) | trackbacks(0) |
ユネスコESD国際シンポジウム

少し前の話になりますが、11月初旬、「ユネスコESD国際シンポジウム」(非公開で一部公開)が大森町で行われました。

ユネスコ本部のESD教育課の主催で行われました。担当の方が、是非大森町で開きたいということで今回の会議になったとのことです。

11月9日、公開で地元住民の意見をきくという会議に筆者も参加させていただきました。

群言堂の鄙舎が会場でした。19人のメンバーと地元から4人、それと傍聴の皆さんを加えて行われました。

メンバーのみなさんからは、「世界遺産に登録されて町の人たちの暮らしぶりは変わったのか?」「観光化されていないのにたくさんの人に来てほしいと思うのはなぜか?」「人口も増やしたいと言うが、今の暮らしぶりを変えないとすれば、どれくらいの人口を想定しているのか?」「素晴らしい町だから、もっと、この町に住みたいという芸術家などが定住できるようにしたらいいのではないか」などなど様々な質問や、提案がありました。

最後に、シンポジウムのメンバーの私たちに何かアドバイスを一つするということで発言してほしいと言われましたので、筆者は、「石見銀山遺跡とその文化的景観という、持続可能な世界遺産のお手本となる世界遺産があることを世界中の人に知らせていくことが大事だと思う」と発言しました。

関係者のみなさんによれば、このシンポジウムに参加されたメンバーのみなさんは、この町で開催で来て大変良かった、素晴らしい町だと言っておられたということでした。

1時間半の予定を超えて話し合いが行われましたが、町のみなさんの思いや、これまでの取り組みも改めて聞き、それについての海外のみなさんの受け止め方などもわかり、いろいろ考えさせられることの多い会議でした。(A)

| ガイドつれづれ日誌 | 06:50 | comments(0) | trackbacks(0) |
晴れ男

本日10時30分から、昆布山谷遺跡発掘調査現地説明会があります。

石垣の上には家が建っていたと思われ、左側は道路です。

 

さて本題です。

石見銀山には、来訪者の交通整理や案内をする「お助け隊」があります。

「お助け隊」の一人Yさんが担当される日は、何故か、雨が降らないことが多く「晴れ男」を自認されています。

筆者も、「晴れ男」とひそかに思っていました。数年前、お客様をご案内している時、「私は、晴れ男です」と言いました。すると、その後雨が降り出しました。笑われました。それ以後、お客様に「晴れ男」と言うのはやめました。

20日、大久保間歩ツアーのガイドをしました。朝から小雨もぱらつき、不安定な天気でした。13時15分に出発するとき、14時ころ一雨きそうだという気象情報を知りましたので、バスを降りるとき、お客様に傘を持っていただきました。幸い、ご案内しているときは雨も降りませんでした。

15時30分ごろ、あと少しで帰りのバスに乗るという時でした。お客様が「雨が降らなくてよかった。私晴れ女なのよ」と言われました。そこで、「実は、私も晴れ男なのですよ。以前、お客様にそう言ったら雨が降ったので言わないようにしているんですけど」と言ったのです。

すると、3分もしないうちに雨が落ちだして、バスに乗る前には本格的な雨になり、お客様に笑われました。今後、「晴れ男」とは決して言わないことにしようと思いました。(A)

| ガイドつれづれ日誌 | 06:59 | comments(0) | trackbacks(0) |
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