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修学旅行がいっぱい

 例年になく晴天日が多く暖かかった11月ですがさすがに少し寒くなってきました。暖かい日も夕方になると気温が下がり、お客様も一様に、「冷えてきましたね。冬は寒いんでしょうね。」とおっしゃいます。まだ軽装ですが寒さ対応の上着を着た方が方がほとんどです。葉が落ちて裸になった樹々も増え、シェイプアップして引き締まって見える銀山の景色です。冬がやって来たなあと感じます。

 

 コロナの影響で修学旅行先を県外から県内に変えた学校が多く、今年は石見銀山へ修学旅行に来る学校が大幅に増えました。何校も重なり一般ツアーも含めてガイドが40人以上必要な日もあり、ガイドが足りず、一人が朝、昼と二つガイドしたりしてフル回転でした。高齢者集団のガイドの会ですが、老齢に鞭打ち、子どもたちやお客様の笑顔に元気をもらって奮闘努力した10月、11月でした。大半の学校がが終わりましたが、まだ12月、来年1月、2月と予定が入っています。しっかり学んで楽しんで帰ってもらえるよう引き続きつとめます。

 

  終わりの挨拶中 2時間半歩いてちょっと疲れた様子だけど、

  メモを取ったり、質問をしたり、元気いっぱいで学習しました 

 

 銀山公園や代官所跡の駐車場も連日満車が続いていましたが空きのある日も出てきました。少し寒くなりましたが、暖かい格好で、コロナ対策をして銀山においで下さい。

 

   しっとりした町並みをゆっくり散策される方も多いです

 

                  (М)

| ガイドつれづれ日誌 | 02:05 | comments(0) | - |
仁摩図書館で水彩画展

 大田市立仁摩図書館で、松本修宗・水彩画展「ふるさとスケッチ旅」が開催されています。彼は、小・中学校で机を並べた筆者の同窓生です。

早速、出かけてきました。

 

 会場のプロフィールにもありましたが、松本修宗氏は松江市で(株)M環境設計室を設立し、ランドスケープデザイン、観光レクリエーションデザイン計画、河川、海岸環境計画など、多方面で活躍しています。

 今回の水彩画展は、銀山町並みスケッチ、銀山街道スケッチ、仁摩町景観スケッチ、松江城下町・宍道湖畔スケッチなどが展示されています。

 

         銀山街道スケッチ

 

 戦国時代から江戸時代にかけて、銀や生活物資を運んだ「鞆ヶ浦道」や「沖泊り道」沿線の風景画が展示してあります。「鞆ヶ浦道」は、この展示会場に出かけた前日に、偶然、観光ガイドで歩いた道でした。

 情緒豊かな作品は、石見銀山の原風景を感じるものでした。

 

   銀の道・湯里宿場 と 沖泊り恵比寿神社

 

     大森の町並み と 銀山川の石橋

 

    松江城下町・宍道湖畔スケッチの数々

 

 ふる里や石見銀山の景色を、別の視点から捉えるきっかけになるといいなと思います。是非、水彩画展「ふるさとスケッチ旅」にお出かけください。   文 責(T)

 

 

 ○2020年11月14日(土)〜12月14日(月)

 ○会 場 大田市立仁摩図書館 展示室

 ○休館日と開館時間

 ・毎週火曜日(祝日と重なった場合は翌日も休館)

 ・祝日(土日と重なる場合は開館)

 ・月末=館内整理(土日と重なった場合は直前の平日)

 ・開館時間 10:00〜18:00

 

 

 

| ガイドつれづれ日誌 | 00:00 | comments(0) | - |
フィナボッチ数列

1・1・2・3・5・8・13・21・34・55・・・

と並ぶフィナボッチ数列というものがあることを初めて知りました。

前2つの数を足すと次の数になるという数列です。

1+1=2  1+2=3 2+3=5 3+5=8というわけです。

 

 

石見銀山でツワブキがきれいに咲いているので、花弁の数が気になって数えたら13枚。

それで花弁の数が気になって調べたら、フィナボッチ数列が出てきました。

花弁の数は、フィナボッチ数列の数になっているというのです。

 

 

山茶花は5枚。

 

 

コスモスは8枚。

 

山茶花+コスモス=ツワブキ というわけです。

面白いなあと思いました。

ちなみに花弁3枚はユリなど、5枚、8枚、13枚の次の21枚は、オオハンコソウ、(ひまわりも21枚に見えるのですが)、34枚はオオバコ、55枚の花もあるようです。

オオバコの花弁など気にしたこともなかったので、今度は数えてみようと思います。

それにしても、自然界は不思議に満ちていで、この数列が12〜13世紀に考えらたと聞くと人間も又かなり不思議な存在に思えてきます。(A)

 

 

| ガイドつれづれ日誌 | 07:45 | comments(1) | - |
まだまだわからん石見銀山 第83話 本谷の間歩―西側斜面の間歩群

 本谷には石銀に至る谷筋のほかに、仙ノ山の中腹で西に分岐する谷(安原谷)と上部で西に分岐する谷(於紅ヶ谷)があって、それぞれに多くの間歩群が存在しています。銀の鉱脈は東西方向に幾筋も走っていて、南から一番鉉、二番鉉、三番鉉、四番鉉、五番鉉、…と順次命名されています。

 これらの鉱脈は地下から切り立つ形で縦板状に形成されていることから、坑道はその鉱脈を横断するように横に何層にも掘られています。そして所によっては、福石場と呼ばれる広範囲にわたる富鉱部を掘った場所があって、掘りぬいた結果地下に大空間が残されています。本谷には、この福石場が11ヶ所あると言われています。

 

 これまで、いくつかの有名な間歩を紹介してきましたが、そのほかにも無数とも言えるほどの間歩が確認できます。それぞれに歴史と物語が秘められていると思いますが、今では茂みの中で眠っています。そのなかでも名前が知れている間歩名だけを列挙します。ただし、現場の調査ができませんので、坑道図に基づく説明になります。

 

 (本谷の西側斜面)

 1)元釜屋山(間歩番号100番) 坑口標高361叩8什漾岾屋間歩」と指定されている坑道。坑道図には目代坑という表示もあって、事実関係がよくわかりません。坑口前には建物があった模様で、岩壁には複数の梁穴が確認できます。坑口は厳重に格子柵で封鎖されていて、中の様子はわかりませんが、強力なランプで照らすと奥で左右に分岐しているように見えます。坑口がとても小さいことから、これが本当に釜屋間歩なのか疑問が湧きます。

 

 2)助兵衛山(間歩番号95または96番) 「岩盤遺構」の下部にある数本の間歩のうちの一本。

「謎の岩盤遺構」。2003年の調査中に藪の中から見つかった。17世紀初頭頃の遺構。2段目には選鉱施設があった。雨水を導く導水溝や水溜が見える。

 

 3)大嶋山(間歩番号94番) 「岩盤遺構」の北上方にあります。坑口の標高は378叩B臉攬貳峭と南北に走る坑道と立体交差する辺りに坑口があります。

                        大嶋山

 

 4)都野津坑(間歩番号81または84番) 古地図には角津山とも書かれています。「岩盤遺構」と本間歩との間の西斜面にあります。本間歩のほぼ南向かい側といった方がわかりやすいでしょう。坑口は標高395叩K未叛召乏口していますが、坑道図を見ると、坑道は内部でループして北東に延びています。

                        都野津坑

 

 5)武田坑 本谷を本間歩から更に登ったところ、本谷の西側法面中腹に開口しているようです。坑道図を見ると坑道は北に向かい、石銀武田地区にある上蔵之丞坑までつながっています。どうしてこのような坑道を掘ったのかはわかりません。

 

(安原谷)

 6)岩根坑 安原谷の入口付近。標高359辰破未乏口している。坑道図によると、北方向と西方向に長い坑道が続いています。

 7)安原坑 安原谷を進んで、標高379檀婉瓠∨未乏口。

 8)安原上一坑 安原谷奥、北の法面を登ったところ標高412叩

 

(於紅谷)

 9)中釜屋坑(間歩番号71番) 本間歩から西に進んだ地点、於紅谷の入口に坑口があります。その標高は397叩1紅谷に沿って西に開口。奥で上釜屋間歩に通じています。如何にも奥に何かあるぞという雰囲気の間歩です。

 

 10)上釜屋坑 坑口の標高は441叩9F賛泙砲茲辰討蓮△海譴元釜屋間歩だと表示されているものがあって間歩名に混乱があります。於紅谷にあって西方に向かって掘られています。坑道図では坑口のすぐ手前北方(本間歩の西奥)に超巨大な福石場があります。

 

 11)栗林坑 於紅谷をかなり登ったところにある。4号間歩の南下。北に開口しています。(Ng)

| ガイドつれづれ日誌 | 00:25 | comments(0) | - |
確かな証見っけ!

 今秋より古文書の勉強を始めました。当に70の手習い(80に近いけど)人間何歳になっても学ぶことは出来ますね。「もう遅い」という言葉は私の辞書にはありません。興味を持った時が当に旬ですよね。今回の教材から身近な情報が得られました。

石見銀山地役人「柳原家」

 大森町並みの中ほどにある武家屋敷「柳原家」の柳原泰蔵さんが嘉永2521日に内田安左衛門さんと交代し鳥井船表(番所)に赴任するという古文書です。本文の後に追伸として書体も細字で書かれています。鳥井船番所跡は私の自宅のすぐ近くです。

教材の古文書、追伸部分(中ほどの細字部分)

 「追って蔵泉寺口へ内田安左衛門 鳥井船表へ柳原泰蔵殿 来る二十一日入れ代わりの積り 仰せい出され候 左様ご承知なさるべく候」

蔵泉寺口番所跡

鳥井船表跡

 同時期(嘉永年間)の鳥井船番所付近の絵図には民家とは明らかに違う番所が描かれています。因みに当時の山陰道を赤線で示しました。

嘉永5年の鳥井船表付近地図(右端の「大満寺」は石見銀山休谷から鳥井に移されたお寺です)

 これにより、確かに鳥井船番所に大森の地役人が勤務していたことが分かります。石見銀山は江戸期の資料が沢山残されていて、それを解読することで江戸期の地方の様子が見えてくる、とても素敵な場所なんですね。(銀爺)

| 銀山 むかし語りいま語り | 00:16 | comments(0) | - |
要望書

石見銀山ガイドの会は、11月5日、楫野弘和大田市長に要望書を提出しました。

大田市が当会に委託している事業の継続や大田市としてガイド養成に取り組むことや世界遺産内の遊歩道や登山道などの整備などを要望しました。

要望書にそって楫野市長と当会役員とで話し合いもしました。要望を快諾してもらうということはありませんでしたが、今後も、できるだけ支援していきたいという回答でした。

 

上の写真は、世界遺産「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」の構成資産原城跡のある南島原市のホームページです。

市長の部屋、南島原市議会、南島原市教育委員会の下に「観光ガイド」が紹介されています。

市として、「観光ガイド」を紹介し、歴史の街をガイドと歩くことをすすめる内容になっています。

大田市でも、このようにしてもらえないかということも要望しました。

ぜひ検討していただきたいと思います。(A)

| ガイドつれづれ日誌 | 10:35 | comments(1) | - |
まだまだわからん石見銀山 第82話 本谷の間歩―本間歩の地下

 本間歩:間歩番号33番、本谷の中腹やや上あたり、坑口は標高393辰砲△蠅泙后98奥には大きくぽっかりと大きな穴があるように見えますが、表面を土砂が覆い中をうかがうことはできません。推測ですが、これは崩落によって閉じられたのではなく、安全面を考慮して閉鎖したものと思います。したがって、進入はできません。

           本間歩坑口。巨大な坑道をイメージさせる。

 

 このあたりの地下は、三番鉉という石見銀山の鉱脈中最も優良な鉱脈が通っているところで、福石鉱床のなかの本命中の本命だと言えます。間歩名の本間歩もそうしたことを反映して命名されたのではないでしょうか。

 

 おそらくその地下はすごいことになっていると思います。大量の銀鉱石を胚胎していた大きな福石場が嘗ていくつもあった。それを徹底して採掘した結果、地下には巨大な空間がいくつも開いているのでしょう。坑道図(明治29年11月作成『本谷福石上下層平面截面(せつめん)実測図』)を見ると、本間歩の坑道は西方(於紅ヶ谷方面)に掘られていて、その先(上釜屋間歩坑口の手前から北あたり)には超巨大な福石場(「本間歩坑内厚身福石場」と「同薄身福石場」)があります。おそらく最大級の地下空洞があると思われます。この福石場のことなのかは定かではありませんが、実際に巨大な福石場跡に足を踏み入れた人の話によると、そこでは持参した懐中電灯の光が天井に届かず、高さがいくらあるのかわからなかったということです。

 

 付近の地表を見渡しても、山の斜面を切り開いた大きな溝のようなものが幾つかあり、それが地下深くまで続いているように見えます。露頭掘りの跡だと思えます。また、「岩盤遺構」前から本間歩に至る道沿いには膨大な量のズリが堆積していて、掘り出した土石量の多さを物語っています。

本間歩左横の露頭掘り跡。溝のようなものがいくつかある。その奥の地下には巨大な福石場がある。

 

 本間歩のすぐ手前で於紅ヶ谷に向かう谷があって、上釜屋間歩(元釜屋間歩と表示されている坑道図もある)とか中釜屋間歩とか、江戸時代初期に安原伝兵衛が掘った釜屋間歩を連想させる間歩が存在します。まさにそこは銀採掘のセンターだったのではないかとの想いを持たせます。その辺りには間歩坑口や割れ目状の遺構が多く見られますが、当然中には入れません。入ってみたいけど、100%危険です。(Ng)

| ガイドつれづれ日誌 | 00:20 | comments(0) | - |
ある修学旅行のガイド

 先日の松江市乃木小学校6年生の修学旅行の案内には、総勢20名のガイドが動員されました。私が案内する班ではメモする人、写真を撮る人などに役割分担がなされていたようで、また説明にも皆さん熱心に耳を傾けていました。

大森小学校の前では、「この小学校の児童数は何人ぐらいだと思いますか?」の質問にいろいろ返事が返ってきましたが、一番近い答えが「30人」でした。花のポットの数を数えて一様に驚いていました。「では、皆さんの学校の全児童数は何人ですか?」「九百何十人です」という返答にこちらがびっくり。あとで調べたら何と986人で島根県最大の大規模校でした。島根県で最大の学校と最小の学校の取り合わせは、修学旅行ならではの出会いです。

「大森小学校は皆さんの学校に負けない自慢できるものがあります、何でしょう?」。返事は「木造校舎?、児童数?」など。「正解は学校の歴史です、明治5年の創立です」。こんな過疎の小学校の歴史の古さを、この街の伝統的文化や歴史的な景観に結び付けて考えてもらえたらと思いました。

この子供たち、道を歩いている時にも、お客さんや住民の皆さんに大きな声で挨拶していました。それに対して皆さんニコニコと笑顔を返していただきました。班長を務めていた女子児童が歩きながらこんなことを言いました。「将来、こんな田舎に住みたいな。空気もきれいだし、静かだし」。感性が豊かです。これに対しこの老ガイドは「住んでいる人にとって、買い物が大変だし、病院に通うのも一苦労ですよ」。小さな夢を壊すような会話は、ジイさんと孫のやりとりです。

帰ったら、この修学旅行の成果を班ごとにプレゼンテーションし、島根の魅力を都会に発信するのだそうです。このガイドがどのくらい役に立っていたのか、いなかったのか聴いてみたい気がしました(O)。

| ガイドつれづれ日誌 | 01:21 | comments(1) | - |
大盛行列の通った町並み

 大所帯で江戸へ江戸へと向かう参勤交代は、江戸時代の武家諸法度によって、大名の義務とされていたのはよく知られています。各藩は数百、数千人の供を従え、江戸へ向かって街道を登っていったのです。

 まさしく名前の通り「大名行列」です。

 この「大名行列」は、当初、各藩が威勢を張るために、大人数で行う傾向がありました。

 

 大森の町並みでは、「大名行列」とは少し趣きが違いますが、江戸時代には、町並みを行列を組んで歩く「大盛行列」が行われていました。

 銀山の繁栄を祈って行われた祈願祭の後や、その年、功績のあった山師(銀山の経営者)などが、表彰を得るために、正装をして大森代官所に向かったのが「大盛行列」と言われています。

 

    「大盛行列」が行き来した町並み

 

 

 その面影が残る町並みは、「大盛行列」や身分の高い人を上から見下ろさない暗黙の了解、不文律があったと言われています。

 今も二階建ての二階は、中二階となっていて、道行く人を上から見下ろさない配慮が成されています。

 江戸時代の面影が残る町並みを、往時を偲びながら歩くのも良いものです。       文 責(T)

 

 

(番外編)

 高橋家周辺の道沿いに咲いています。よくお客さまに尋ねられますが、「ヒメツルソバ」 の名が付いています。

 全体がソバに似ていて、それより小さいのでこの名があります。中国南部、ヒマラヤ、チベットが原産地で、明治中期に観賞用として導入されたものが野生化し、よく道端や石垣などで見られます。

| ガイドつれづれ日誌 | 00:00 | comments(0) | - |
大森町文化祭

15日(日)、例年通り大森町文化祭が開催されました。

 

 

コロナ禍の中の文化祭ですので、例年と違って、コロナ対策もしっかりして、石見銀山資料館仲野義文館長の講演と、作品展示、販売コーナーという内容でした。

 

三中の生徒の陶芸作品

 

 

石見銀山ガイドの会は、例年町のみなさんに好評の「野菜市場」で参加しました。

大根、里芋、蕪、赤かぶ、山芋、ネギ、わけぎ、白菜、ゆず、つるくびカボチャ、ピーナツカボチャ、ラディッシュ、ピーマン、チンゲン菜、黒ニンニク、えごま油などなど会員が作ったたくさんの野菜などが並び、格安とあって、あっというまに完売でした。

 

コロナ禍で開催を取りやめる町も多かった文化祭が、大森町では工夫して開催され、無事に終わってよかったです。(A)

 

 

| ガイドつれづれ日誌 | 07:34 | comments(0) | - |
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