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沈黙は差別の始まり

 2,3か月前のガイド例会で、むかし銀山領内で差別があったかどうかが話題になりました。それはともかくとして、民主国家といわれる現在の日本はどこをみても差別だらけです。沖縄の青いサンゴ礁を赤土で埋め立てる民族差別。日本で働いている外国人の人権を無視して労働力としてしかみない外国人差別。福島やその近辺から避難してきた人たちに対するいわれなき差別。性的少数者に対する性差別。最高学府である大学入試での男女差別。数え上げればきりがありません。今の日本で横行している差別は、いわば為政者が主導あるいは容認している差別であり、一部マスメディアもそれに追随しているので、いよいよ厄介です。差別したい人がいるかぎり、差別はなくなりません。また、それが当たり前だと思っている人がいるかぎり、差別は続きます。そこに差別を黙って見過ごしている自分自身がいます。

 嘘つきは戦争の始まりという宝島社の企業広告が、正月の新聞に見開き2面にわたり掲載されました。見られた方もおられるでしょう。沈黙は嘘つきの始まりですので、沈黙は戦争の始まりということになります。この戦争という言葉を差別と置き換えてみると、沈黙は差別の始まりということになります。この広告を、自分自身に対する警告と受け止めたいと思います(O)。

 

| ガイドつれづれ日誌 | 03:31 | comments(0) | trackbacks(0) |
ONSEN の おもてなし

 今日の1月16日は、語呂合わせで「1(ひ)1(い)6(ろ)」と読めることから「ヒーローの日」とした記念日です。アイアンマンやスパイダーマン、キャプテン・アメリカなど世間を熱狂させた最強ヒーローの日とされています。

 昨日の1月15日は「1(いい)1(いち)5(ご)」だから、「いちごの日」でイチゴを食べる日だったようです。数字の語呂合わせの記念日も面白いですが、それぞれのマークにも意味合いがあります。

 本題はそのマークのお話しです。

 

 

 ガイドを一通り終えた帰り道で、よくお客さまから温泉の話題がでます。

「今日は銀山の隣町の温泉津温泉に日帰り入浴して帰ります。」「昨日は三瓶山の麓の三瓶温泉が宿でした。」「これから松江市の玉造温泉に行きます。」などなど、銀山に来られるお客さまは、石見銀山近辺の温泉を身近なものとして利用しておられるようです。

 

     

          温泉マーク

 

 この温泉マークは、日本人なら一目で温泉と分かるシンボルマークにもなっていると思います。

 この温泉マークには意味があります。

 湯船の中に、湯気が3本立っているのにもキチンとした意味があります。実は温泉宿に宿泊されたときに、お風呂に3回入って頂くことをお勧めしているものです。

 1回目の入浴は、宿に着いて直ぐに。

 2回目の入浴は、寝る前に。

 3回目の入浴は、朝風呂に。

 真ん中の湯気が一番長いのは、寝る前の2回目が一番長くゆっくりと入って頂くためです。つまり、3本立っているのは3回入ることで、こころゆくまで、温泉を味わって頂きたい おもてなし の意味なのです。

 

 そして、もう一つの意味もあります。

 これは体に良い温泉の入り方で、3本の湯気は湯に浸かる時間を示していると言われています。

 一度の入浴で、時間を3回に分けて入ったり上がったりします。

 1回目湯船に入る時間は、5分程度とほどほどに。

 2回目の時間は、8分程度じっくりと。

 3回目の時間は、3分程度でサッと湯に浸かる。

 この入浴方法は、基礎体温の低下を防ぎ、体の芯まで温まるとされているようです。

 

 このように、真ん中の線(湯気)だけが長いのにも、それぞれ意味があるようです。毎回6km近くを歩いてご案内している筆者もよく近場の日帰り温泉を利用します。温泉に入ると足の疲労が和らぐからです。

 

 

 12日〜14日の3連休は、近場の温泉のご紹介を併せ、お客さまにそんなお話しをして帰りました。

                 文 責(T)

 

| ガイドつれづれ日誌 | 00:00 | comments(0) | trackbacks(0) |
30分歩いて100kcal

今年初の3連休、好天にも恵まれたくさんの来訪者がありました。

ありがたいことです。筆者が案内した中には、まだ冬休み中の北海道の小学生の3兄妹もいました。

 

さて、本題です。

源寺間歩への路線バスが廃止され、歩いていくことになった時、来訪者のみなさんからは不満の声も多く出ていました。

その時、石見銀山ガイドの会では、「30分歩いて100kcal」という研修をしていました。筆者の終活情報その2を紹介します。

30分歩けば、100kcal消費できますということで、各コースの消費カロリーを紹介していました。

 

代官所前〜銀山公園往復 70kcal

あめ3個 78kcal

 

銀山公園〜龍源寺間歩往復 270kcal

アイスクリーム 270kcal

 

せんべい3枚とチョコレート 290kcal

 

代官所前〜龍源寺間歩往復 340kcal

スポーツドリンクとクリームパン 336kcal

ビール中瓶とミックスナッツ 348kcal

 

ワンコインガイド龍源寺間歩コースを2回すれば、

チューハイとポテチ 345kcal 

にビール中瓶 202kcalは消費できるというわけです。

歩けば、健康とおいしい一杯のためにもいいというわけです。

いやあ、励みになりますね。(A)

 

 

| ガイドつれづれ日誌 | 06:05 | comments(0) | trackbacks(0) |
三連休の石見銀山 ガイドに頑張る仲間に感謝

   昨日は久しぶりの好天気に恵まれました。さぞ多くのお客様がお出でになられたことでしょう。初日の12日は底冷えのする小雨も降る天気でした。この時期の山陰地方、はっきりしない天気が続いていました。今年は雪が降らないですね。それでも早朝の石見銀山は冷え込みます。銀山路、鳥のさえずりを聞き、清流、銀山川の流れの音を聞きながらガイドさんと歩くのもいいですよ。

 

梅の花もちらほら・・・・

銀山川、せせらぎの音も楽しみ

自転車ガイドも可能。事前予約がいいですね。

 

連休初日もガイドさんと歩くお客様が目立ちました。筆者がガイド終了して帰り道での姿、やはりガイドさんの説明を聞く雰囲気、なんとも言えない情景が伝わってきます。ガイド配置されたガイドさんは当然の仕事ですが、一方でガイドの為、自分の休みを返上して応援に駆けつけてくれる会員の皆さんには頭が下がりますね。(S)

| ガイドつれづれ日誌 | 00:26 | comments(0) | trackbacks(0) |
言ってはいけないよ

過って、石見銀山の景観を「未亡人的景観」と言われたときもありました。しかし今では「未亡人」という言葉は差別用語で好ましくなく、使ってはならないことになりました。古く中国では夫が亡くなると妻も準ずる習わしがありました。そんな中夫の死後も生き続ける女性を「未だ死なない人」つまり「未亡人」と称したそうです。そういう事ですので、使っては良くないですよね。

石見銀山は、銀の生産された銀山とそれをサポートした町並及び港町それを結ぶ街道等から成り立っています。過って世界にその名を轟かせ光り輝いた銀の山は役目を終え、今は緑の自然の中にひっそりと眠っています。これをご主人に例え、その銀山をサポートしてきた町並は今も継続して人々の生活が営まれています。これを奥様に例え今も年金で細々と暮らしている様に例え、これを「未亡人的景観」と称していたのです。「未亡人」という言葉は別として、この表現は石見銀山を分り易く表していると思います。緑の銀山と谷間に残る赤と黒の石州瓦の町並、当にこれが世界遺産・登録基準5番に該当する「石見銀山遺跡とその文化的景観」ということになるのでしょう。(銀)

大森の氏神様「城上神社神社」より石州瓦の町並を背景に銀の山「仙の山」を望む

| ガイドつれづれ日誌 | 00:01 | comments(0) | trackbacks(0) |
蜘蛛の巣間切り

石見銀山ガイドの会では、現在龍源寺間歩研修を行っています。

来訪者の少ないこの時期に、龍源寺間歩のガイドについて現地に足を運んでどんなふうにお客様に案内しているか交流しています。

この中で、筆者は、初めて「蜘蛛の巣間切り」を知りました。

上の写真のように緩やかにカーブを描いている掘り方です。

佐渡金山の南沢疎水坑では、こうした掘り方になっていて、「蜘蛛の巣間切り」と呼ばれています。

この掘り痕に水滴がつくと、きらきら光って蜘蛛の巣のように見えるというところから名づけられたといいます。

そう意識して見ると、坑道内のいたるところに見ることができます。

佐渡の蜘蛛の巣間切りは、元禄時代から掘られたものといわれています。

龍源寺間歩は、江戸時代初期から掘られたといわれていますが、石見銀山では「蜘蛛の巣間切り」という言葉はあまり耳にしなかったように思います。

大久保間歩でも蜘蛛の巣間切りを見ることができるということです。

龍源寺間歩の中では、公開されている坑道の最後の両壁に蜘蛛の巣間切りの痕がきれいに残されています。

落石などに配慮しながら掘り進んだ坑夫さんたちの技術の高さもうかがい知ることができます。「江戸時代の掘り痕」として紹介したいと思いました。(A)

※「蜘蛛の巣間(けん)切り」

 

 

| ガイドつれづれ日誌 | 05:51 | comments(0) | trackbacks(0) |
銀山かるたに挑戦

   お正月恒例行事として、地域でのサロン活動として新春かるた大会を催し、約50名が参加しました。題材には「石見銀山かるた」です。このかるた大会には小学校の子ども達も参加してくれて盛り上がりました。

 

今年は、大会形式で3人一組で編成して実施し大変盛り上がり、楽しいサロン活動となってよかったです。この石見銀山かるたは大田市でも好評で、毎年サンレデイ大田主催で開催され多くの参加があります。近年は圧倒的に小学校のグループが強さを発揮しています。

筆者も、地域から参加してもらおうと数年前から取り組んでいます。ぜひ参加してみたいです。

そして筆者の所属する石見銀山ガイドの会、今年も悲願の優勝目指して参加します。打倒小学生。今年は亥の年。猪突猛進で勝ち抜きましょう。

 

この石見銀山かるたは平成31120() サンレディ大田で開催

開始時間 午後1時。参加要件、だれでも参加できます。31組です。

年齢による制限はなし。

 さあ、あなたも参加しましょう。(S)

| ガイドつれづれ日誌 | 02:17 | comments(0) | trackbacks(0) |
春遠からじ

 正月休みが終わって仕事や学校が始まり、お客様は少なくなっていますが、石見銀山周辺は積雪はありませんし、朝方はぽつぽつ小雨模様でも昼前から日が差して青空がのぞく日が多いです。風は少々冷たいですが、静かな銀山を心ゆく迄楽しんでいただけるいい時期ですので、寒さ対策をしてぜひお出かけ下さい。

 

 銀山公園の紅梅がちらほら咲いていますが、桜も負けじと、堅かったつぼみがほんのり赤く色づき出しています。「寒い日が続いていても春の準備はちゃんと進んでいるんだなあ‥‥」とうれしくなります。

 

 熊谷家裏の川沿いの桜のつぼみ ほんのり色づき始めています

 

 

 お知らせです。

 

 1月23日(水)、大田市民会館中ホールにて平成30年度大田市インバウンドセミナーが開かれます。「外国人観光客を惹きつける体験とおもてなし」と題したセミナーで、県内の実践事例をたくさん聞けそうです。オリンピックも近づいて来ました。今後ますます増えるであろう外国人観光客の対応に生かせることがたくさん学べると思います。21日(月)まで電話での申し込みも受け付けています。

《大田市役所観光振興課 0854−88−9237》

皆さんで誘い合って参加しましょう。

               

               (М)

| ガイドつれづれ日誌 | 00:07 | comments(0) | trackbacks(0) |
サツマイモのルーツ

 江戸時代に起こった享保の大飢饉に、食料用としてサツマイモ(甘藷)が役立ったことから、お客さまから日本に伝わってきたサツマイモのルーツを尋ねられたことがあります。

 

 メキシコを中心とする熱帯アメリカで生まれたサツマイモは、紀元前から南アメリカのアンデス地方まで栽培されていました。

 16世紀の初めの大航海時代に持ち帰り、ヨーロッパへ伝わりましたが、気候が合わず、あまり普及しなかったようです。その後、インドや東南アジアの暖かい植民地に持ち込まれたことで世界中に広がりました。

 どういう経路をとって、ヨーロッパからアジア大陸の各地に伝わったかは不明のようですが、シナ(今の中国)の国に伝わった時には、サツマイモが赤いものであったため史料は、「甘藷」を「朱藷」として記述されているものもあるようです。

 

 日本には17世紀の初め、中国から琉球(今の沖縄県)に伝えられました。

 琉球から薩摩(今の鹿児島県)にも伝わって栽培されていたので、甘藷のことをサツマイモ(薩摩芋)と呼ばれていますが、琉球から薩摩に渡ってきた当時は、カライモ(唐芋)と呼ばれていました。

 当時の薩摩の国では、海の外の国々をカラ(唐)と呼び、サツマイモはその地から渡ってきたことによる名です。また、中国での名前と同じ、そのまま「甘藷」とも呼ばれていました。

 

        サツマイモ(甘藷)

 

 石見銀山のサツマイモの伝播は、享保17年(1732年)に銀山の代官・井戸正明公が享保の大飢饉を乗り切るため、薩摩から種芋を取り寄せ、食料用として普及させたことで知られています。

 ところが、薩摩は国産(薩摩芋含む)を外に持ち出すことは、厳しい国禁となっていました。したがって、井戸公は直接取り寄せることが叶わず、幕府の力を借りて、種芋を薩摩から取り寄せたと考えられています。

 しかし、井戸公は代官の着任時(1731年)に、石見銀山の大飢饉による窮状を目の当たりにしています。対策を急がなければならず、江戸や薩摩間の往復路の交渉で時間が掛かるこの手続きをしていては、救済は難しかったのではないかというのが筆者の推測です。

 

 享保の飢饉対策のひとつとして、江戸で幕府もサツマイモの普及を奨励しています。

 井戸公が薩摩から取り寄せる5年前の享保12年には、既に八丈島に薩摩芋種がもたらされ、栽培が成功し生産されたと「八丈島年歴抜書」に記述されているようです。

 これも幕府による手配のひとつですから、サツマイモを八丈島に送った先覚者がいて広めたことになります。

 よって、実際には享保年間の初期には、既に薩摩から江戸にサツマイモはもたらされていて、江戸で生産された種芋を直接、石見銀山へ持ち込んで享保の大飢饉を救ったとする大胆な推測もできるのではないかと思います。    

                  文 責(T)

 

 

(参考文献)

   宮本常一著の「日本民衆史(全7巻)」

   の「甘藷の歴史」

 

 

| ガイドつれづれ日誌 | 00:00 | comments(0) | trackbacks(0) |
東京オリンピックと清水谷製錬所

東京オリンピック・パラリンピックの金銀銅メダルが約5000個必要だそうです。

この材料となる金銀銅を、携帯電話やデジカメ、パソコンなどから回収するという「都市鉱山からつくる!みんなのメダルプロジェクト」が取り組まれています。

必要な量とその達成率(現時点)は下記のとおりだそうです。

金 30.3圈54.5%)

銀 4100圈43.9%) 

銅 2700圈100%)

少し古いデータで申し訳ないのですが、パソコン1台に含まれている金銀銅は下記の通りだそうです。

金 150咫 ゞ筺520咫 ‘次107g

 

    

       雪の清水谷精練所跡です

都市鉱山に着目した取り組みはオリンピック史上初めてということです。

パソコンや携帯電話からレアメタルを取り出す技術の原点をさかのぼれば、清水谷精練所を設計した武田恭作氏にたどり着くはずです。

武田恭作氏は、黒鉱(金銀銅などを含む)から、金銀銅を分別して抽出する技術を開発しました。その技術が、今生かされているのです。

東京オリンピックを機に清水谷精練所にも目を向けてもらえたらと思います。(A)

 

| ガイドつれづれ日誌 | 06:37 | comments(0) | trackbacks(0) |
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